社会福祉法人のゆり会 のしお保育園は清瀬市西部に位置し、0歳児からの未就学児童を都営住宅の一階にある保育園で、お家と同じようにゆったりと健やかに育てます。
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2015-05 の記事

かもさんだより  201...

Posted at 2015年05月01日 16時33分13秒  /  コメント( 0 )

ほけんだより  2015...

Posted at 2015年05月01日 16時22分34秒  /  コメント( 0 )

2015年5月のこんだて

Posted at 2015年05月01日 16時21分50秒  /  コメント( 0 )

(2015年5月)    ...

私が育ったのは葛飾柴又帝釈天まで江戸川の土手(どて)つたいに歩けば10分ほどの金町というところです。その町に1946年にできたのが金町保育園、わが実家です。

戦争が終わった直後のことで、現在から考えられないくらい何もかも無い時代でした。テレビも、冷蔵庫も、車も、洗濯機も、食料も、着るものも、なかった。特になかったのが住むところでした。戦災孤児たち(いまワードでセンサイと打ち込んだら“繊細”がでてきました。戦争は遠くなってしまったのですねえ。)が浮浪児と呼ばれて、上野の地下道で暮らしていました。児童施設や児童福祉法がまだなかった時代です。

どんなにバラック建てであっても保育園は、一応雨露しのげる空間があります。そこをめがけて、様々な人や団体がやってきました。一時は小学校の用務員のおじさんがいました。玄関を入ってすぐの保育室に布団を敷いて寝て、朝早く学校に出勤していました。それがある日、校長先生と教頭先生が父のところに来ていて(PTAの会長だったので相談があったのでしょう)、帰りがおじさんの就寝中になりました。二階から降りてくる足音や話し声で事態を察したおじさんは・・・とっさに手ぬぐいを顔にかけたんだよ、と後で父が繰り返し言い、気転がきくねえ、と感心していました。自分たちのプライバシーなんて考えず、困っているひとに寝場所を提供し続けた父と母でした。

松谷みよ子さんは実家の近くで人形劇団を主宰していました。早朝仕事に出かけるときには、まだ小さかった長女のたくみさんとお弁当箱(朝食用)を私たち家族の腕に押し込むようにして走って行かれました。

夜や日曜日には園のホールが劇団の稽古場になり、演出をしている松谷さんのおつれあいに電話がかかってくると、二階の自宅から下まで呼びに行くのが私の役目でした。よくも固定電話ひとつだけですべての用事が足りていたものと、今はびっくりします。

のしお保育園に講演に来てくださいませんか、とお電話したとき「金町保育園でたいへんお世話になったから(私ではなく父母ですけれど)、行かない訳にはいきません」とお忙しい中を秋津まで来てくださった松谷さん。 2月末に89歳で亡くなられました。松谷さんと一緒に私の金町時代の日々も、はるかかなたになってしまった気がします。 

                                     

Posted at 2015年05月01日 16時17分58秒  /  コメント( 0 )

おもちつき会、残念でした

4月19日(日)に、予定していました新入園児歓迎のおもちつき会、やむなく中止となりました。
おもちつき会に参加するためにご都合をつけてくださった方、楽しみにしてくださっていた方もたくさんいらっしゃったと思います。申し訳ありません。

新入園児歓迎のおもちつき会を新たに設定するのは、日程的に難しいと思いますが、予定している行事の中で、おもちつきを行えればと考えています。どうぞ、ご了承ください。




Posted at 2015年05月01日 16時04分08秒  /  コメント( 0 )

キッチンだより  2...

気候の良い季節になりました。今月は遠足があります。つまりお弁当ですね。
遠足のお弁当は外で食べますから、手で持って食べられたり、つまんで食べられたり出来る形が良いと思います。好きなものばかりが入っているのも大事ですよね。お弁当箱を開いたとたんシアワセな気持ちになりますから

料理はやや濃い味付にしたり、冷めてから詰めるようにしましょう。こども達はお弁当をとても楽しみにしています。 
お忙しいと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。

(早川)

Posted at 2015年05月01日 15時25分14秒  /  コメント( 0 )