社会福祉法人のゆり会 のしお保育園は清瀬市西部に位置し、0歳児からの未就学児童を都営住宅の一階にある保育園で、お家と同じようにゆったりと健やかに育てます。
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2011-05 の記事

ほけんだより  2011...

Posted at 2011年05月20日 11時25分10秒  /  コメント( 0 )

(2011年5月)    ...

「孫ふたりのパスポートすぐとって! 家族でマレーシアにおいで。1年でも2年でもこちらにいたほうがいい。」まだ巨大地震と津波と原発事故で何をどう考えてよいのか分からなかった3月13日、李さんから電話がありました。
 
マレーシアのクアラルンプールに住む李さんと初めて会ったのは47年も前、私が大学1年の冬でした。戦没学生記念会<わだつみ会>の数少ない会員として(なぜ会に入ったかを書くと、このコーナーのスペースがいつもの3倍くらいになるので省略)、大隈講堂の小ホールで講演会を開いていました。その日、講師の山下肇・東大教授に会いたいとやって来たのが李さんでした。

 当時、国がマラヤ連邦からマレーシアに変わるときで、それに反対していた李さんは東大の大学院受験に必要な大使館からの推薦状をもらえず、山下先生に相談に来たのでした。
 教授たちの家に直接行って話すのがよいと先生にアドバイスされ、友人に頼まれて私が翌日同行することになりました。(若いというのはなんでも気楽にひきうけちゃうことなんですね。でも、47年後も似たようなことをしてるのは...?)
 日曜日の朝に突然ふたりに自宅を訪ねられた教授たちは、さぞ迷惑だったと思うのですが、ちゃんと話を聞いてくれました。ただ規則は規則で、ひっくり返すことはできず、李さんは推薦状の要らないほかの大学院に進みました。

 李さんはそれから私の実家に遊びに来るようになり、過酷なアルバイトをしながら(ハンドバッグ用のワニの皮はぎとか!)真面目に勉強する彼を「うちのこども達に爪のあかでも煎じて飲ませたい」と両親は応援していました。母国に帰った李さんは会社をおこし、広い家を建て、年取った私の両親を新居に招待してくれました。

 李さんの長男はうちの娘と同い年、やはり日本の大学を卒業して、現在はマレーシアにいます。「オカーサン、ダイジョウブ?」と一昨日も電話をくれました。
 
私たちは李さんのところに避難することはないと思います。地震も原発もおそろしいけれど、私たちが暮らしていくのは日本しかないと思っています。マレーシアには必ずいつか遊びにいきます、孫たちも連れて。

Posted at 2011年05月20日 11時12分30秒  /  コメント( 0 )

2011年 5月

5月12日は遠足です。愛情たっぷりのお弁当をお願いします。

献立は食材の都合により変更する事がありますが、5月は春野菜から夏野菜に切り替わる季節です。そんな季節の変化を感じ取れるような食事作りを心がけたいと思います。 (H)



Posted at 2011年05月20日 10時33分46秒  /  コメント( 0 )

おもちつき会がありました

4月17日(日)に、おもちつき会がありました。
気持の良いお天気のもと、たくさんの方々にご参加いただき、20kgのおもちはすべて
みんなのお腹におさまりました。
好評だったのはココア。子どもたちも口の周りにココアをつけながらおいしそうに頬張っていましたね。
張り切っておもちをついてくださったお父さん方・おじいさん方、ご協力ありがとうございました。



Posted at 2011年05月01日 11時52分52秒  /  コメント( 0 )