社会福祉法人のゆり会 のしお保育園は清瀬市西部に位置し、0歳児からの未就学児童を都営住宅の一階にある保育園で、お家と同じようにゆったりと健やかに育てます。
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2010-09 の記事

ごん太が亡くなりました

 8月14日(土)、うさぎのごん太が亡くなりました。7歳(推定)でした。
翌週の月曜日に、ゆり組でお別れをしました。
ごんちゃん、ありがとう。



Posted at 2010年09月01日 13時13分03秒  /  コメント( 0 )

キッチンだより  201...

●9月は、さつまいも・栗などの秋の味覚が美味しくなってきます。献立にもたくさん登場するので、秋の訪れを感じてもらえると嬉しいです。

●16日は敬老お楽しみランチです。感謝の気持ちを込めて、いつもお世話になっているおじいちゃん・おばあちゃんに、子どもたちと一緒にのしお保育園の食事を楽しんで頂きたいと思っています。(O)




Posted at 2010年09月01日 12時03分21秒  /  コメント( 0 )

2010年9月のこんだて



Posted at 2010年09月01日 12時01分43秒  /  コメント( 0 )

(2010年9月)    ...

「もう大人はこれ以上大きくならない。子どもはコレカラなんだから、たくさん食べるんだよ」いつも食事のとき父は子どもたちに言いました。5〜6歳の子どもにとって、父はとても大きく、トシに見えましたが、いま思えば当時30代でした。(ため息が出るほど若かっですねえ。)
 わたしたち3姉弟は、子どもは食べるのが仕事くらいに思って、のんきに食べられるだけ食べていました。まだ至るところ戦争の跡が残っている頃でした。
 現在は、どの家にもフツーに車がありますが、あの頃は自家用車なんて夢のまた夢でした。自宅の金町保育園から母の職場の金町幼稚園まで、父はスクーターで送り迎えしていました。ある日、母といつものように会話しながら家に着いたら、なんと後ろの席に母はいなかった。せっかちの父が、すっかり乗ったものと思ってひとりで帰ってきてしまったのでした。
住むところもなかった時代です。実家の保育園のホールは、居候さんたちの格好の寝場所で、毎日だれかしらが泊まっていました。わたしが母に叱られて泣いていると、慰めてくれるひとが必ずいて、一緒にあやまってもくれました。

とうとう・・と思いました。幼い子どもたちがマンションの部屋に置き去りにされて、死んでしまった。昔とちがって、日本中に食べ物はあふれるほどあります。でも、ふたりのきょうだいは食べられず、水も飲めず、誰にも世話をしてもらえず死んでしまった。
もう昔に戻ることはできません。車も家もあると快適です。でも、大きくなるんだよ、と言ってくれる大人がいないと、子どもはコレカラを生きていけません。いちばん大切なコレカラを・・。

Posted at 2010年09月01日 12時00分57秒  /  コメント( 0 )

ほけんだより  2010...



Posted at 2010年09月01日 11時58分04秒  /  コメント( 0 )

ゆり組 2010年9月〜今...

 8月14日、ごんたくんが天国へと旅立ってしまいました。
突然のことで、「どうして」「なんで」とその事実を受け入れがたく、呆然としたり、大粒の涙を流し続けたり、じっとこらえていたりと、みんなごんちゃんとの突然の別れを悲しんでいました。
ごんちゃんは、みんなにとってかけがえのない存在でした。友達とけんかをして気持ちがふさいでいるとき、ただ眺めているだけで気持ちが穏やかになりました。その柔らかな毛並みをなで、ごんちゃんが気持ちよさそうに目を細めると、優しい気持ちになりました。一生懸命お世話をし、ごんちゃんがおいしそうにごはんを食べている姿を見て、うれしい気持ちになりました。
一緒に過ごす中で、子どもたちに寄り添い、気持ちの支えになってくれたり、さまざまなことを気づかせてくれたり、教えてくれたごんちゃん。一緒に過ごせた時間はそう長くはありませんでしたが、子ども達の心の中にはいつまでもごんちゃんとの楽しい思い出が残っていると思います。
ごんちゃん、今まで本当にありがとう。これからもみんなのことを見守っていてね。


Posted at 2010年09月01日 10時23分00秒  /  コメント( 0 )