社会福祉法人のゆり会 のしお保育園は清瀬市西部に位置し、0歳児からの未就学児童を都営住宅の一階にある保育園で、お家と同じようにゆったりと健やかに育てます。
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(2018年4月)        ようこそ、新しい命たち

去年の春まで当園の園長をしていた母から、何度も聞いた話があります。

「ずっと前の卒園生でね、れんげ組からゆり組に進級するのを、とっても楽しみにしていた女の子がいたのよ。3月が終わったらゆり組になるの!って、それはそれは楽しみにして、ついに4月になって、憧れのゆり組の部屋に入って、―――それから泣き出しちゃったのよ。

 その子は、“ゆりさんになったら何でもできるようになる”と信じてたのね。昨日まではれんげだからできなかったことも、ゆりさんになればあれもこれもできるようになるんだって思ってたの。それが、せっかくゆり組になったのに、昨日までできなかったことはやっぱりできなくて、こんなはずじゃないのにって悲しくて悔しくて、やりきれなかったのね。」

良い話だなあ、と、いつも思っていました。その女の子の、“大きくなること”への憧れ、わくわくした気持ちは、まだ大きくなっていない人たちだけの特権です。隣の部屋へ移動したら魔法のように何でもできるようになる、なんて、大人は考えもしないけれど、こどもがそう信じるのは素敵なことです。きっとその子は、ゆりの部屋で過ごした一年の間に、魔法のようにではないけれど一歩一歩、いろいろなことができるようになったのではないのかな。やっぱりゆりさんってすごい、わたしたちってすごい、と、誇らしく思ったのではないのかな、と。

 「7歳までは神のうち」という言葉を読んだことがあります。乳幼児死亡率が現代とは桁違いだった江戸時代、こどもは7歳になって初めて、人間社会のヒトとして数えられる存在になったのだとか。それくらい、こどもというのはいつ消えてもおかしくないような危うい命の火であったということなのでしょう。

7歳は数えですから、今でいう6歳。ぴったり保育園の在園期間です。保育園という場所にいると、当たり前のように毎日たくさんの命がやってきて、食べたり寝たり、笑ったり喋ったり、かけっこしたりケンカしたり、にぎやかな一日を終えて、元気に帰っていく、のですけれど。よく考えれば現代だって、こどもが元気で大きくなるというのは、決して当たり前のことじゃない、と、ときどき心から思います。こどもが生まれること、元気に育つこと、それだけで毎日が奇跡の連続だと。(我が子についてもときどきはそう考えよう、と、今思いました。そしたらもうすこし、怒鳴るのを我慢できるかも…。)

 さあ、今日からまた新しい命たちが、のしお保育園の仲間に加わってくれました。これから始まる保育園生活、お子さんも、保護者の皆さまも、ちょっとずつちょっとずつ慣れていって頂ければと思います。朝、泣いていても大丈夫。きっと来年の3月には、お隣の部屋へ移ることを、目をキラキラさせて楽しみにしていることと思います。

Posted at 2018年04月01日 00時00分00秒

 
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