社会福祉法人のゆり会 のしお保育園は清瀬市西部に位置し、0歳児からの未就学児童を都営住宅の一階にある保育園で、お家と同じようにゆったりと健やかに育てます。
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(2018年2月)         雪の日におもったこと

 1月22日の大雪は、大変でしたね。
雪国の方たちから見たら、笑っちゃうレベルなんだろうに、やっぱり雪が降ると相変わらず大騒ぎの東京でした。園の玄関前にJさんがつくったカマクラ、皆さまご覧になりましたでしょうか。

 22日の夜、お迎えの遅れているお子さんたちに後ろ髪引かれながら、真っ白になった道路を歩いて駅に着くと、ちょうどトラブルで止まっていた電車が動き出したばかりの様子。ぎゅうぎゅう詰めの一本が行ってしまった後に来たのは、今度は寂しいくらいにガラガラの電車でした。

良かったーと思いながら乗ってほんの数分、今度は信号トラブルとのことで、電車はぴったり止まってしまいました。たまに流れる車掌さんのアナウンス以外、音もなく時間が過ぎていきます。参考書を膝に置いた若い人がときおりチラチラと周りの様子を伺っている以外、おじさんおばさんはイヤホンを頑なに(?)外さず、ひたすらスマホを見つめていました。

こういうとき、外の家々というのは、なんて暖かく見えるのだろう、と思いました。そこにおうちがあって、電気が点いている、というだけのことなのですが、なんとも言えず暖かそうで、中にはきっと仲良しの家族がいて、湯気の立つごはんを囲んでいるんだろうなあ…と、どの家を見ても思える。大人になれば、家の中がそんなに暖かく平和なことばかりでないなど百も承知、なのに、自分が寒くて空腹で先が見えない(大げさですね)状況にいると、目に入るどのおうちも、勝手に幸せのカタマリのように見えてしまう。とても幸せそうに、そして排他的に。うちが幸せなら、よそのことは関係ない、というように。

イヤホンをして目を伏せているおじさんおばさんも、周りに何が起ころうと、自分は自分、と言っているようでした。この人たちに、わたしは困っています、と言っても、聞こえないフリをされるかなと思わせる、冷たい空気。その中で、参考書のお兄さんは、ただキョロキョロとしているだけで、ちょっと暖かく感じられました。周りに何が起こっているのか知ろうとしている、という、ただそれだけで。

自分がなにかで辛いとき、別によその人に助けてもらえるとは思わない、けれど、辛いんだねとわかってもらえるだけで、ほんのちょっと気持ちがすくわれることもあると思います。気付ける人でありたい、と、雪を眺めながら思いました。いつもキョロキョロしていたらヘンな人ですが、常にほんのりと、周りで起きていることにアンテナを張っていたい。大人としての多大な余裕が必要だと思いますが…今年の目標です。「余裕のある大人でいること」。

また雪が降る予報ですね。今度は池袋駅が入場規制になるほど降りませんように。

Posted at 2018年02月01日 00時00分00秒

 
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