社会福祉法人のゆり会 のしお保育園は清瀬市西部に位置し、0歳児からの未就学児童を都営住宅の一階にある保育園で、お家と同じようにゆったりと健やかに育てます。
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(2016年6月)             アンネのバラが咲きました


 「バラ園見学に行ってきまーす」
れんげ・ゆり2クラスが散歩に出ていきました。
空は青く風はさわやか、暑くもなく寒くもなく、シャンソンの「五月のパリが好き」(いろいろな歌手が歌っていますけれどアズナブールがいいですね。アズナブールといえば90歳を過ぎて今年来日するそう。最後の日本というのでコンサートのチケットの高いこと!あ、バラのはなしでした。アズナブール好きですが。)の一節も口ずさみたくなる日です。
 のしお保育園の卒園生でもあるMさんがお母さんといっしょにバラ園を始め、市報にも大きく載りました。保育園のすぐ近くに素敵な散歩コースができました。
西武線の電車にも<バラとガーデニングショー>の大きな広告が。まさにバラの季節です。
 
子どもたちが散歩に行って静かな園庭に、ひっそりと今年もアンネのバラが咲いています。茨城のキリスト教学園が育てた苗を分けてもらって豊玉第二保育園が育てた(のしおは抽選にもれてしまった)のを分けてもらい、大切にしてきたアンネのバラです。
 本を読んだとき12歳だった私には、なぜユダヤ人がユダヤ人だという理由で収容所に入れられ、殺されたのか、わかりませんでした。今でも考え続けています。

中学1年のときに初めてアンネの日記を読み、ほぼ同じ年で隠れ家に家族とひそむことになったアンネのことを知りました。小学校時代は東京の端、川ひとつ向こうは千葉県というのんびりした町で育った私には、第二次大戦もホロコーストも突然アンネといっしょにやってきた、理解できない、恐ろしいものでした。
「津田さん(旧姓です)は学校でいつもアンネの日記のことを話していたから」と、茨城に住んでいる元同級生がアンネのバラの新聞記事をファックスで送ってくれたのが3年前の5月。昨年からのしお保育園で花が見られるようになりました。
もし、生き延びる事ができたなら、多くの可能性を秘めていたアンネを表現するという<蕾の時は赤、開花後に黄金色、サーモンピンク、そして赤へ>変色するバラを眺めていると、アンネの遺した言葉がよみがえります。

   もし、神さまが私を長生きさせてくださるのなら、私は社会に出て、
   人類のために働きたいのです。               
                             ─アンネ・フランク


 
 

Posted at 2016年06月07日 16時04分36秒

 
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