社会福祉法人のゆり会 のしお保育園は清瀬市西部に位置し、0歳児からの未就学児童を都営住宅の一階にある保育園で、お家と同じようにゆったりと健やかに育てます。
メインメニュー

(2009年11月)                 いつも赤毛のアンがいた

  
  小さいころから顔のソバカスについて「ソバカス美人っていってね、美人の証拠だよ」と両親が言っていました。いつもいつもでしたので、幼いわたしの頭のなかにはソバカス=ビジンとインプットされ、誰かから「ソバカスあるのね」と指摘されると大いばりで「うん、美人だから!」と答えていました。
  中学生になるころにはさすがに、この説には無理があると気づいたのですが、そこに現れたのが「赤毛のアン」でした。年も同じ、ソバカスだらけ! 住むのはカナダのプリンス・エドワード島ではなく東京の葛飾・金町でしたし、孤児ではなく「ちょっとお味噌を買ってきて」と散文的なことばかり言う両親はいましたが、とにかくソバカスではアンとわたしは同じ、とおおいなる親近感を抱きました。
  
  思春期をアンと過ごせたのはとても幸せなことだったと思います。想像するよろこび、腹心の友との友情、ライバルに負けまいと打ち込む勉強、正義感が強く思いやり深いまっすぐな性格etc. ひとつ違いの妹と毎日夢中でアンの話をしました。あまりに好きで何回も読んだので、せっかく英語・仏語版を買っても、日本語の村岡花子訳が頭に入っていてあまりベンキョウにはならなかったくらいです。

  孫のいる年になっても「これはアンの話にあった」と思うことがたくさんあります。
不景気で銀行が倒産するというのもマシュウの死によって知りましたし(当時の日本ではとうてい考えられないことでした)、突然マシュウが死ぬ前夜の描写と<一度その悲しみの冷たい、神聖な手に触られると人生は二度と、もととおなじにはならないのである。>という文章はいま深く心に沁みてきます。
  いつもそばにアンがいてくれてよかったと思います。ソバカスもいましたが。

Posted at 2009年11月01日 14時06分19秒

 
この記事へのコメント



私もずっと赤毛のアンのファンでした

そばかすはないけど、やせっぽちで性格的にも似ているアンに
ずっと親近感を抱いていました。
頭が固くてうるさいマリラに母を、寡黙で愛情あふれるマシューに父を
重ねていた私でしたが、大好きな父が私が20歳の時に心臓で突然逝ってしまったのも偶然とは思われないことでした。
ギルバートには出会ったか?それはまあ・・・・
ギルバートとの間にたくさんの子どもたちに恵まれたアンでしたが、
残念ながら息子ひとりしか授かりませんでした。
私どもの息子は、のしお保育園が第二の家庭としてすくすく育ちました。だいぶたちましたが、本当にお世話になりました。
そういえば園庭に川がほしい!とおっしゃってましたが
アンの夢の家でも炉辺荘でも庭には小川と木々がありましたね。
私に宝くじがあたったら、絶対にのしお保育園に寄付します!
では時節柄みなさまお風邪などめしませぬようお祈りしております。
Posted by 紅玉 at 2009/11/12 21:02:48



宝くじたのしみにしています!

紅玉さま

ひとり息子さんが卒園しても園のHPをみてくださって、コメントまでくださり、ありがとうございます。そのうえ、宝くじがあたったら川をつくるために寄付してくださるそうで、本当にうれしいです。息子さんの後輩たちはどんなに喜ぶでしょう!アンのおかげですね。(実現しそうな気がしてきました。) 
すくすくお育ちの息子さんとギルバートに似ている(はずの)おつれあいさまにどうぞよろしくお伝えください。
Posted by 純子 at 2009/11/13 15:08:04

コメントを書く



== 半角英数字のみのコメントは投稿できません ==

*印の項目は必須入力項目です *

*