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2010-11 の記事

不自由を常と思えば不...

       タイトルは故人となって間もなく9年目を迎える父親で創業者の
      「経営の原点」で、私の背中の壁に故人の写真とともに額入りで掲
       げています。
       当社創業時はバブル崩壊で厳しい平成8年。
       健在だった故人の背後の壁には、日本海軍「Z旗」がありました。
       大正12年、関東大震災時に生まれ、軍拡に、戦争に邁進するなか
       で少年兵として志願し満州で鉄砲の玉の下をくぐり抜け、敗戦後は
       父親の製材所を飛び出し、深川の材木問屋で修行して昭和32年に
       独立、そして私の重度の知的障害者の長男のため(我田引水ではな
       く、長男は働く力はありませんが、社会が長男を支えてくれる恩返
       しとして)知的障害者の働ける会社として(株)愛和を設立しまし
       た。
       亡くなって1年後に身の回り品を整理したのですが、高価な物は時
       計ひとつとしてなく、「子孫に美田を買わず」の言葉通りの人生を
       全うしました。
       実は今月13日の母親を老人施設に入居したのですが、市川の家を
       出る時、「かあさん、持って行く物は?」
       その時、母の両手の片方には財布が入った小さな袋、もう片方には
       昔からの家族の写真アルバムだけでした。
       やはりアクセサリーなどの高価な物は何一つなく、長男、私、そし
       て弟、3人の孫が宝なのでしょう。
       人間に一番感性豊かな時期を戦争が奪い、趣味のひとつもなく戦後
       の混乱時期、新婚当時、電気も水道もない3畳一間で苦労を重ねて
       来た人生の大先輩のご老人の最後期を迎える今でも、質素に簡素に
       清く生きて来られた現実を拝見する時、故人が残してくれた
       タイトル「不自由を常として思えば不足なし」
       が金銭に替えられない大きな財産です。

                           201/11/29
                            眞田 
     


Posted at 2010年11月29日 17時56分40秒  /  コメント( 0 )

心温まる光景



        先月の奈良訪問時でのワンショットです。
        人と鹿のご挨拶♥

                           2010/11/26
                            眞田


Posted at 2010年11月26日 14時18分49秒  /  コメント( 0 )

僕のクリスマスソング

       北欧の歴史的習慣から世界的なイベントとなったクリスマスまで
       あと一ヶ月となりました。
       「ホワイトクリスマス」や山下達郎のクリスマスソングが日々あ
       ちら、こちらから聞こえてきますが、私のクリスマスソングはジ
       ョン・レノンの「イマジン」です。
       もう皆様ご存知の大曲です。楽曲も、詩も。
       高度成長期やバブル期の日本では、バカ騒ぎのクリスマスでした
       が最近は個々の生活様式で過ごされる方が多いようです。
       少しずつ地に着いた、そしてその主旨が生きるクリスマスに近づ
       いて行くでしょう。

                          2010/11/26
                           眞田


Posted at 2010年11月26日 14時14分49秒  /  コメント( 0 )

テロ国家とその支援国

      中国が経済支援等を北朝鮮に続ける限り、北朝鮮は崩壊しません。
      もちろん、崩壊すればどのような暴走になるか?は中国ばかりで
      はなく周辺国にも甚大な、破壊的被害が及ぶでしょう。
      しかし、これ以上危険を多大に膨らむ限り、放置は限界です。
      何十年も各方面から説得しても、現体制を固守するしか生きる道
      はないのでしょう。
      何時かは起きる事を伸ばすより、周辺国で武力解放の解決策はあ
      りません。 



                         2010/11/25
                          眞田


Posted at 2010年11月25日 16時38分43秒  /  コメント( 0 )

誇りと生き甲斐

      私は親子3代続いて「材木屋」を営んでいますが、昭和49年に
      父の会社に入社して、平成8年に独立して現在に至っています。
      大手建設会社への材木納入をしていますが、注文される木材の種
      類が単一的な物が多く、誰もが2〜3年の経験で従事できます。
      独立する前は国産内地材(青森ヒバ・岩手松・天竜材・木曾檜・
      紀州材・吉野材・四国材・・・)と日本各地の杉、檜、松、欅な
      どを産地を訪れ、その地域の製材所の経営者に教えを頂きました。
      19歳から、木の知識と特性が理解できるまで20年前後かかり
      ましたが、それでも「木の目利き」としては三流です。
      今、その生きた「目利き」をくるまと同じ、次世代に伝える、残
      すことを思案中です。
      魚屋、八百屋、材木屋と、単に売るでけの商売ではなく、お客さ
      んに確かな物を提供する「職人としての。目利きの誇り」を自ら
      が一日一日生き甲斐を感じ、回りにその楽しさを伝えて行くこと
      が次世代に残すべきことでしょう。
      戦後は町中、商店と職人が活気であふれ、日々の生活を懸命に生
      きていました。
      一流大学、一流会社も世界で活躍する人々を送り出していますが
      日本の中小企業や零細企業でも明日の、将来の、そして伝えるべ
      き職人が工場や農業などたくさんいます。

                      2010/11/25
                       眞田


Posted at 2010年11月25日 11時09分38秒  /  コメント( 0 )

風邪を引いた時は

      お風呂に入らず、寝る前に暖かい煮込みうどんを食べ、薬を飲んで
      ベットの回りに濡れタホルを3〜5本置いて寝ます。
      朝は梅干し湯をたっぷり飲みます。
      だいたいこれで最悪は防げます。

                            2010/11/24
                             眞田


Posted at 2010年11月24日 17時45分07秒  /  コメント( 0 )

クルマのライン


    上記の2台を観ているとフロントフェンダーとリアフェンダーラインは
    初期の自動車サイクルフェンダーのデザインが影響していると思われま
    す。
    特に60〜70年代にジュージアーロが表現した上記のミウラ
    やフィアット・ディーノ・クーペとモントリオールそしてイソ・グリフォ
    ミウラはサイクルフェンダーを表現した永遠の傑作です。
    現代でもベントレーなどそのモチーフは変わりません。
    自動車発明から、今は電気自動車へとアプローチは変化しますが、この
    ライン、不滅です。

                          2010/11/24
                            眞田


Posted at 2010年11月24日 15時33分51秒  /  コメント( 0 )

中国への評価

      今朝の日経新聞朝刊でイギリス誌の紹介で、尖閣諸島問題での
      中国の日本への対応を「格下の挑発には容赦しない」と解説し
      ていました。
      確かにフランスに対して、スエーデン対して、そして今回日本
      に対しては過剰な、いや異常でした。
      まあ、民族性の違いもありますが、私達の対応はこれを教訓に
      徹底的な国民的議論を通して決める必要があります。
      また、それは先進国、アジア圏の諸国に指標となります。
      やはり我国の内閣総理大臣は、マレーシアの元元首「マハティ
      ール」さんにお願いしたのですが・・・

                       2010/11/20
                        眞田


Posted at 2010年11月20日 11時02分04秒  /  コメント( 0 )

ティータイム


      皆様ご存知のレース専用の英国フォードBDAツインカムエンジンです。
      ツーリングカーレースで、ラリーで無数の優勝をもたらした傑作です。
      ベルトドライヴA型エンジン(BDA)永らくの活躍は開発設計時の情熱
      と確かな技術から生み出されたのです。

                           2010/11/19
                            眞田


Posted at 2010年11月19日 13時30分13秒  /  コメント( 0 )

1970/11/25

     68,69年の安保闘争が終わり、70年の平穏な時が終わろうとして
     いた11月25日の午後、臨時ニュースが「作家、三島由紀夫氏が自
     ら組織した学生団『楯の会』の4人と市ヶ谷自衛隊駐屯地東部方
     面総理室で自決」
     その頃、高校2年生で、帰りの神田神保町の電気屋さんでTVに三
     島由紀夫氏がベランダで演説する様子が映し出されていました。
     70年安保闘争後の気が抜けたような、平穏無事な空気が広がる
     世相でしたが、三島由紀夫氏には「昭和元禄」と言われていた高
     度成長期の最中で忘れ去れようとしていた、大和民国の誇りと英
     知が地に落ちて行くのが我慢ならなったのでしょう。
     当時のTVのフジ、日テレなどは特に番組内容が酷く「国民をバカ
     にしよう」と取れるアホ番組ばかり。
     一人の死について沢山の、多くの方の評論、批評を観ますが、ご
     本人の意思を尊重するならば、三島由紀夫氏のような偉大な個性
     の背景と生誕歴史だけでも感動するのですが・・・

                         2010/11/19
                          眞田


Posted at 2010年11月19日 08時34分47秒  /  コメント( 0 )

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