こげら会のブログです
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2011-06 の記事

ガイドヘルパー養成講...

知的障害児・者支援ケアこげらのブログです。
7月8月は2コース設けます。ホームページから申し込まれる場合、「その他」という欄がありますので会場名を入力ください。ガイドヘルパー(知的障害児者移動支援従業者)養成講座のお申し込みは、資格は何も持っていなくても受講可能です。受講修了後は、知的障害児者のガイドヘルプに全国どこでも入れるようになります。

7月コース(1)
講義  7月2日(土)、9日(土) 9時30分〜17時00分
演習  7月16日(土) 9時30分〜17時00分
受講料 一般12000円、学生6000円
場所  コール田無 (西東京市田無町3-7-2 西武新宿線田無駅北口徒歩10分)
定員  40名

7月コース(2)
講義  7月16日(土)、23日(土) 9時30分〜17時00分
演習  7月30日(土) 9時30分〜17時00分
受講料 一般12000円、学生6000円
場所  ぽっぽ町田(東京都町田市原町田4-10-20 町田まちづくり公社ビル1階内 )
定員  40名

8月コース(1)
講義  8月6日(土)、13日(土) 9時30分〜17時00分
演習  8月20日(土) 9時30分〜17時00分
受講料 一般12000円、学生6000円
場所  ルミエール府中(東京都府中市府中町2丁目24番地)
定員  40名

8月コース(2)
講義  8月20日(土)、27日(土) 9時30分〜17時00分
演習  8月28日(日) 9時30分〜17時00分
受講料 一般12000円、学生6000円
場所  ぽっぽ町田(東京都町田市原町田4-10-20 町田まちづくり公社ビル1階内 )
定員  40名

9月コース(1)
講義  9月17日(土)、18日(日) 9時30分〜17時00分
演習  9月24日(土) 9時30分〜17時00分
受講料 一般12000円、学生6000円
場所  ぽっぽ町田(東京都町田市原町田4-10-20 町田まちづくり公社ビル1階内 )
定員  40名

↓↓お申し込みお問合せはこちらのフォームより↓↓

お申し込みはこちら

お電話は


研修終了後はケアこげらのガイドヘルパーとして登録することが可能です。
現段階のサービス提供市区
武蔵野市、西東京市、小平市、小金井市、東大和市、三鷹市、府中市、調布市、国分寺市、国立市、立川市、狛江市、多摩市、稲城市、世田谷区の全域、立川市、東村山市、杉並区、渋谷区、練馬区、大田区、川崎市の一部。お近くにお住まいの方ぜひご検討ください。

〒202-0023 西東京市新町1-14-10

知的障害児・者ガイドヘルパー募集
時給 移動支援 身体介護なし1100円、身体介護有り1700円(但し1時間半以降1100円)
行動援護 2000円、ホームヘルプ身体介護2000円(但し1時間半以降1100円)、有給休暇
資格 ホームヘルパー3級以上、知的障害児・者ガイドヘルパー養成講座修了生 行動援護は知的障害児者支援の実務経験2年以上(暫定措置として現在は1年以上)も必要
泊まりのできるヘルパーも募集しています。短期入所(西東京市新町、世田谷区宇奈根)、ケアホーム宙(そら 東大和市)一泊(21時〜翌朝9時標準9000円食費一部補助有り。委細は面談の上で

Posted at 2011年06月23日 17時29分20秒  /  コメント( 0 )

同愛会盪鎧瓠ー傷への...

知的障害児・者支援ケアこげらのブログです。
自傷に関して多くのテキストは、目的を4つに分類します。
‘避 獲得 C輒棔´ぜ己刺激 の4つです。
Hくんは自傷を始めて既に16年、ケアこげらで支援を始めて9年経っています。彼の場合超多動児であったのに運動会の組み体操において「決め」のポーズを強要されたのが自傷を始めるきっかけだったようです。今でも「運動会」という言葉を聞いた瞬間こめかみの乱打が始まります。もっともその自傷を止めるためのプロテクターがないと大騒ぎしますし支援者が傍からいなくなるだけでも自傷が始まりますので、「逃避」だけでなく「獲得」「注目」も目的となっています。さらに時として、今自分は何をしているのだろうと確かめるように叩くときもあり、自己刺激もまじっていて、般化しています。プロテクターは支援7年目にして外し、自傷がいったんほとんどおさまったのですが、まだ外し切るところまではいっていません。しかし長い目で見れば確実によくなっています。彼の場合、「叩いてしまう自分」もありますが、「叩きたくない自分」もあるのです。プロテクターを自分からはめようとするのはその気持ちの現れです

ケアこげらが支援してきた内容は
1 自傷は止める。彼は止めて欲しがっている。最初は抵抗しても徐々に緊張はなくなる。信頼を寄せる支援者が傍にいるだけで、本人は「止めてくれる人がいる」ということで安定する。
2 危険行為と反社会的行為以外なるべく本人の望むようにしてあげる。
3 序々にプロテクターを小さくする。頼らなくて済むようにする。
4 技術を伴う支援としては、動作法の腕上げや内曲げにより「腕の動きを自分でコントロールする感覚」を体験することを支援する。
5 そして応用行動分析における教示法により、叩くのを「我慢する」と伝え、続いて自分から言うようになり、最終的には「我慢する」という内言語が大脳皮質の言語野で働くようにする。

立川市で見た青年の自己刺激型自傷行為 
 Hくんの場合本当は「叩きたくない自分」があるので、方略そのものは立てやすい。立川市の青年の場合刺激情報が足りないため、自傷し、大脳を覚醒させている。脳内モルヒネを自傷により出させ、活動意欲につないでいる。覚せい剤と同じような効用となっており、病理段階であり叩かざるを得ないのです。場所が場所だけに自傷し続けると失明のリスクが大きいが、プロテクターで止めたりすると、それが苦しいので、もっとひどいパニックになるとのこと。アスファルトに頭を打ち付けるような状況も有り得る。
 このような自傷行為への対処法に関して、自閉の専門家は「叩きたくて叩いている。感覚刺激を求めているのだから、より強い、しかしリスクのない代替刺激を与えることしかない」と言います。ケアこげらからもそのような提案をしました。ただ、そこには二つの問題があります。第一に自信・確信は持てないということです。「ダメ元でよければ」という提案に留まらざるを得ません。青年が飛びついてくれる代替刺激が何なのか。もぐら叩き、ゴーカート、ウォールクライミング、ボクシング…。簡単で低コストなものから順に試すことになりますが、魚影の見えない荒海に釣り糸を投げる憾は否めません。第二に自閉の専門家ではなく感覚統合の専門家(作業療法士)からは、刺激不足の利用者がより強い刺激を求めてきたときは、それに応じるべきではないという意見があることです。例えば前提感覚が鈍いために、回転系の遊びにおいて、より速い回転を支援者に求めてきたときに、むしろ急に止めてみることを勧めています。普通の刺激でも満足できるように敏感さを求めていくということでしょうか。

 同愛会の盪海気鵑蓮代替刺激の提供は、誤魔化しの策でしかないと言います。盪海気鵑経験上確信しているのは「改善のための方略は一つしかない。『腕上げ』機能(=援助者の意思に被援助者の意思を重ねて自らの腕を委ねるという自己コントロールを獲得する)を日常の関係性に創造的に構築することです。たとえば、自傷を防護するプロテクターを付けている場合、自傷をするために、その防護を脱ごうとします。その前後の動きを援助者が的確に察知していれば、防護を外す動作(時間)の間に介入することができます。その介入は被援助者が無意識レベルで待っていた『本当は止めて欲しい』という意志に添うことになります。但しこのような支援を実現するには24時間の施設ローテーションでないと無理です。青年の場合、日中活動後の自宅、週末…と止めきることは家族にはできないでしょう」

 病理状態の青年は、本当は魂の底から止めて欲しいと切望している。ちょうど覚せい剤から逃れたいのりぴーが隔離されてでも止めて欲しいと願うように。今回の行動援護養成講座では、こうした人間の内面に入り込む支援が随所で語られ、参加者はまさに魂からの支援というものを数多い支援実績という説得力と共に学んだのでした。

Posted at 2011年06月23日 09時25分10秒  /  コメント( 0 )

6月行動援護従業者養成...

知的障害児・者支援ケアこげらのブログです。
 今回は特別講師として50年近く障害者支援に携わってきた同愛会の盪獲事長をゲスト講師として招きました。同愛会は規模においても50億を超えるような年商があるので、様々な困難ケースを一通り経験されています。当然話には説得力があるし、受講生の質問に対しても多数の引き出しが出てきます。

はじめの1行が『裸の島』(新藤兼人監督) 
 盪海気鵑離譽献絅瓩鮨日前にいただきました。はじめの1行が、『裸の島』(新藤兼人監督1960年近代映協作品)生きること・働くこと・暮らしの意味…でした。私の大脳皮質にび・び・びと衝撃が走りました。盪海気鵑箸歪垢て深いつきあいです。「ああ盪海気鵑めざしてきたのは『裸の島』をつくることだったのだと即刻理解し深く共感しました。盪海気鵑蝋岷蕕忘櫃靴董陛時の時代背景もあるのでしょうが)「この映画を見て自分は大学に行くのをやめた。そして障害者と共に日常生活を送ることにした」そうです。

 電気・ガス・水道がない変わった島(広島県三原市にある宿彌島)があった。家族4人でフェリーを使わずに小舟を漕ぎ隣の島に水を汲みに行く毎日だった。天秤棒の両端に吊るした桶の水を担ぎ、漏らさずに安定した姿勢を保持しながら急峻な坂道を登り、乾ききった土に柄杓で水を注ぐ。
 なお『裸の島』はキャスト2人・スタッフ11人で瀬戸内海ロケを敢行。撮影期間1ヶ月でこの映画をわずか550万円の予算で作り上げた。『裸の島』の製作手法(オール地方ロケ。出演者及びスタッフがロケ地で合宿体制を組む。撮られる側も撮る側も同じように食糧・水を分かち合い、監督もカメラマンも全員参加のミーティングを行い、本来の持ち場を越えて意見を交換する。等)は、その後の邦画界におけるインディペンデント映画の製作に、多大な影響を与えた。

行動障害克服に特効薬はない
 行動障害は利用者各人のそれぞれの暮らしの過去を内包しながら、表出する現象自体が多彩であり個別的である。このような事象に追い込まれた彼らは、社会的な営み、家族の営み、人間関係の営み、生存の営み、あらゆる営みの不在の情況に置かれる。
 「坦々とした日々の営み(=働く・暮らす)」の中で人間的復権、回復、主体の形成をおこなうことが重要となる。利用者と支援者との相互の理解・共感から生まれる温かな情動に包みこまれながら、疎外された人たちが、自己の心と体を取り戻す営みを支援していくこと。同じ釜の飯を食い、同じように汗を流す。それが行動障害克服の支援の本質である。

裸の島』が見つかった 
 ケアこげらには自閉的ともいえる性分のために途方もない社会適応の努力を余儀なくされている大学生Kくんがアルバイトに来ています。周囲との関係性を作ることがうまくいかず引きこもり状態になっていた彼を、ご両親が心配して、こげらの私に相談に来られたものです。現在の彼にとってこげらは「オアシス」なのだそうです。昼ご飯を誰かと食べたことがないということで心配していたのですが、本人は朝から仕事がある日は昼休みが楽しみなのだそうです。そして前の晩、職員と話が合うように、両親にテーマを相談するのだそうです。
 彼ももう4年生。私の方で、こげらに就職する気はないか。規範性の強さをこげらの弱点として発覚した都への届け出とかそのルール・締切順守とかに生かしてもらえると貢献度は高いとお伝えしました。個性を活かすキャリア形成の話もしました。本人がどうするかご両親も私も固唾をのんで返事を待っていましたが、その日父親が持っていたのが、何と新藤兼人監督からのハガキでした。もっとも確か98歳の高齢で自筆は無理なので、付き人が代筆しているとありました。この父親は映画好きで映画検定1級の資格とやらを持っており、以前監督と書簡を交わした時のものだそうです。まるで「息子さんに『裸の島』が見つかったとのこと。よかった」と書いてあるかのようです。この偶然には父親も私もびっくりです。
 ついでに言うと私の郷里は当時広島県佐伯郡五日市町。監督と同じです。監督の家の方が少し田舎にあるのですが、広島市内の映画館に行くには峠を越えればよいということで、私の家よりずっと近いのです。私が通った広島学院はその峠に近いところにあります。当然新藤兼人のことは知っていましたが、そんなことは二人と話したこともありません。

偶然ではないと盪海気鵑呂っしゃいます。
 実はその一週間くらい前でしょうか。ひどく私は意識が高揚してしまい、職員に次々と電話をかけました。私は今実に充実していて幸せなのです。理念方針支援の方法論に揺らぎはありません。子育ても含む経験とインプット、アウトプットのバランスがとれているんだと思います。盪海気鵑鬚呂犬畚先輩の言われることは、すぐに理解・共感し、私の価値体系の中に統合され、自分の言葉となります。そうやって職員・ヘルパーと共につくってきた職場、価値体系を形にした教材の数々に包まれて仕事をするのが楽しくて仕方ないのです。職員たちには、「いつ死んでも悔いはないよ。毎日職場に来るのが楽しくてならないよ。ありがとう」と思わず泣いてしまいました。Kくんのおとうさんは実はベネッセ時代の後輩なのですが「何という幸福な先輩なのだ」と言われます。実は職員たちとつくってきたケアこげらは私にとっても『裸の島』だったのです。その気持ちが近くにいる盪海気鵑笋修良秧討砲眦舛錣蝓△修譴召譴心酔している『裸の島』を引っ張り出したのだろうと言うことです。
 そう尾崎豊にも言ってやりたい。『きみは思うように生きているか〜い!?』『おう!生きてるさ』

 その後懇親会はどうしても盪海気鵑箸力辰傍欧┐討い訖Πたちのせいで3次会まで行きました。正職員になることも検討しているヘルパーも4名が参加しました。もちろん奢りです。盪海気鵑らは「いいメンバーが揃ったな。東京の福祉を変える運動体ができるかもな」と言っていただきました。至福の1日を過ごしました。

Posted at 2011年06月22日 18時09分59秒  /  コメント( 0 )

行動援護従業者養成講...

知的障害児・者支援ケアこげらのブログです。

盪海気鵑痢崟験莢雜遏徃稟 
 すべての人は働く権利があります。こげらには埼玉県の初雁の家で15年働いていたベテラン職員が今いるのですが、10年前共に大田ステージを支えていたころ当時の佐々木施設長は重度の方でも行動障害のある方でも、ちゃんと仕事はするんだとおっしゃっていました。同愛会でも皆昼間は仕事をするのが当り前であるし、同じ汗を職員と流すという生きざまを私も見てきました。
 さらに盪海気鵑蓮¬_茵屮ムイ伝」において農民たちが、竹を使って用水路を守る作業をまさに共同体として一緒にやる挿画を回覧しました。カムイ伝を描いた白戸三平という漫画家は歴史に造詣が深く中世の農村共同体を忠実に描いています。カムイ伝には多数の障害者が出てきますが、やれる範囲で彼らも働くのです。マルクスの資本論は「疎外された労働」を論じています。盪海気鵑蓮崟験莢雜遏廚箸いμ召里發箸望祿下圓ら働く権利を奪う動きがあることを厳しく講座において批判されました。そしてその対極に新藤兼人の「裸の島」そしてカムイ伝をもってきて、共に汗をかき共に同じ水と飯を分かち合う、そのことから生まれる信頼関係がはぐくむ暖かい情動関係によってのみ、行動障害を持つ利用者は肉体と心を取り戻し、支援者は利用者の内面に入っていって支援する事ができると論じられました。

遷延性意識障害のOさんへのケア 
 では全く働く能力のない方々はどうするのでしょうか。今回の盪海気鵑旅峙舛砲いては身体障害者である「遷延性意識障害のOさんへのケア」はど迫力がありました。意識がなく間断なく悲しい絶叫をし続け胃ろうを抜去しようとするOさんに対して、病院・老健のやってきたことは手足の拘束でした。そして口腔ケアは一切行うことなく口臭で部屋は耐えられない臭気が充満していたそうです。Oさんはその怒りを全身不随意運動のような動きと絶叫で表していたようです。同愛会に移って、まず拘束をとき、怒りを受け止める言葉を伝え、マッサージで人のぬくもりを伝えることから始めたそうです。そして口腔ケア。関係性のできた職員の指は決して噛まないのだそうです。気持ち良さそうに受け入れ、そしてついに熟睡されるようになったのだそうです。職員との信頼関係に包みこまれ、ここではもはや縛られることはない、口腔ケアという人として当たり前のケアをしてくれるのです。
 私は、その講義を聞いて、認知症が進み、何の質問にも答えられない表情のないお年寄りを思い出しました。かつては私は認知症ケアに携わっていたのです。支援のレベルの高い施設やホームでは、そんな能面のような顔をしたお年寄りを外に連れ出し、太陽のめぐみやそよ風のさわやかさを体感いただきます。そのときに何の反応もないのですが、そうした施設の職員は、私も同様ですが、このお年寄りは気持ち良いという反応を表情や声で表現する機能を失っているだけ。きっとインプットはしているし、ひょっとしたら連れ出してくれてありがとうと思っているかもしれないと確信してスキンシップもします。できの悪い施設はどこの国にもあって、オーストラリアで引率者がドアを開いた瞬間に能面のような顔の認知症高齢者が5,6名どやどや逃亡したのでした。カナダでは一日えも言われぬ悲しいスクリームを続ける女性がいました。
 私はOさんや認知症の進んだ高齢者に思いをはせ、この方たちが最後まで人間の尊厳というものを味わい、同じ人間との連帯のもとに生かされていることに存在する価値を感じます。したがって、全く労働を分かち合うことができなくとも、彼らは共同体の中に存在し続ける意味があるのです。

もう一つの偶然。竹林の開墾
 ペシャワールで中村医師がカムイ伝の挿絵から着想を得て、竹を使って水路づくりを行い増しました。盪海気鵑倭或Δ瞭所施設で竹林の開墾に障害者と共に取り組んだとのことです。実はこげら会の立ち上げに活躍した元職員が、出身地の小田原で里山づくりに取り組もうとしています。小田原はかっては柑橘類の栽培のさかんな市だったのですが、過疎化が進み、後継者がおらず彼の家の山林以外は竹と葛(くず)に覆われて、壊滅状態です。彼の家の山林も大半が竹と葛で覆われています。これを回復しようというのです。
 私は妻と1日かけて見学し、作業所の指定をとれれば手伝えることはあるのではないかと思いました。開墾、摘果、柑橘類頒布顧客開拓…。作業の技術はお父さんと松本さんが教えてくれるそうなので、それで年間の作業のサイクルを確立できればと思います。私たち都会人は何も農作業の技術を持たないのですね。少々貧しくなったって、不便な生活になったって、ものを創る喜びから疎外された現状を克服できるのであれば、喜んで参加したいと思いました。
 盪海気鵑盞亳海魍茲してでお手伝い、助言ができるかもしれないとおっしゃっていました。また同愛会にも農作業の予定があるようで、ケアこげら湘南を立ち上げる気があるのだったら、一緒にやる可能性を示唆してくださいました。全国の里山復活運動のうねりを起こし、障害者や私たちが自然相手の労働から疎外された状況を正していくという運動体を元職員、同愛会、こげら会が起こせたらと思うと、死ねませんね。もうひと勝負です。

Posted at 2011年06月22日 14時47分23秒  /  コメント( 0 )