このイメージですと、テレビ番組の「劇的ビフォー・アフター」の一級建築士を思い浮かべる方がほとんどだと思います。

実際「匠」と呼ばれるまでになるには、一級建築士の資格を取っただけではなれません。

世の中、何の職業でもそうですがある程度の仕事をコナセルマデニハ、相当の年月が必要です

それは何故か、一見無駄と思える行為(作業)・多少法律(規則)に触れる事でも仕事の潤滑剤としての役割があるのなら、それはある仕事が最後までやり遂げるために必要だからです。

これを覚えるのには、時間がけっこう掛かります。

今の時代この仕事の潤滑剤を覚える時間がないのが、現状ではないでしょうか?

そういう私も、若い時は何故こんな無駄なこと・何故こんな不条理なことを仕事でしなくてはならないのかと疑問に思ったことが多かったのを覚えております。

その時は分からなくても、時が解決してくれることも多いことをしりました。

最後一つだけ、社会の仕組みの上で法律触れるような職業でも、それは社会の潤滑剤に多少はなっているような気がします。
こんな不謹慎なことを思っているのは、私だけでしょうか?

では、次回は「命」について?

Posted at 2010年04月10日 11時43分28秒

 
この記事へのコメント
コメントを書く



== このコメントはサイト管理者による確認後に反映されます ==

== 半角英数字のみのコメントは投稿できません ==

*印の項目は必須入力項目です *

*