中目黒の駅近にある美容整体,美容鍼 美容鍼、頚椎、後頭部の微細な整体、量子場調整によりあらゆる精神的、身体的状態を修正。顎関節のブレが小さくなり顔の小顔、シンメトリー、身体のプロポーションなども理想的に変化。
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場をつくるということ          朋美カウンセラー



場をつくるということ

イタリア人のデザインに対する感性の高さは世界的に有名です。
フェラーリやマセラッティといったイタリア車の流れるようなボディラインは、ただの移動手段を超えて、車を官能的といいうる美の領域にまで高め、見る者に嫉妬と憧れを抱かせます。

何気ない家具や小物の考え抜かれた形や色はため息もので、美に対する意識が違うと、かくも生活の質が変わるものかと感心します。
機能性や経済性よりデザイン性を重視する発想が日本人のものづくりにはなく、イタリア人と商売をするのは難しい、とある実直な会社員が言っていましたが、わたし達が見習うべきところは多分にあるでしょう。

ミケランジェロなどルネッサンス期の肉体礼賛という観点が、現代に至るまで脈々と息づいているせいもあるのでしょう。
形と美という配慮が、肉体から日常目にする物にまで行き届いています。

身体は力と形を十分に発揮し表現できる場を与えられると、生き生きとその輝きを増して、より強力な美を獲得していくのではないでしょうか。
ちょうどぼろ布をまとっていたシンデレラが、美しいドレスとガラスの靴を与えられ、世にもまれな美女に変身したように。


量子場調整のユニークな点は、細胞や呼吸領域など、変容を加えたいところに新しい場を与え能力を拡大させるというところにあります。
直接問題の箇所をいじるというより、自然と自らの力と可能性に気づいて拡張していくよう、場をつくるというのが他にはない面白い点だと思います。

これは人を活かすということと、似ているのではないでしょうか。
例えば、ある人が間違いを犯したり、自分にとって手ひどい行いをしたとしても、それを非難したり都合良く変えようとするのではなく、その人が自らの力で気づき、より良い状態に変化できる場を与えるということです。

いいかえれば、人を自分の観点で定義したり矯正するのではなく、まず認めて見守るということです。

誰しも自分自身の限界の中で思考し生きており、たとえ過ちだとしてもそれがその人の限界性であるならば、これに判断を加えるのは、自らの限界性を武器に人を制裁するようなものです。

人の限界性を認め、その世界像つまり次元を許すことができてはじめて、自分自身の限界性もまた認められるのではないでしょうか。

この世界に存在するものは、どんなものでも自らの場に憩っており、互いがこの領域を侵食し合うなど不毛なことでしょう。
まず場を作り、そして活かすこと、それは自らの認識の領域をも拡大され、より高い意識と広い観点を持てることに通じています。

フェラーリは外側のフォルムだけ美しかったわけでなく、内側の能力の高さが備わっていてあの美が完成されたのでしょう。
内側も外側も、機能性もデザイン性も、等しい限界性の表れなのだと思います。

Posted at 2008年06月24日 01時18分36秒

 
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