
Cherish this moment
今日たまたまテレビをつけてみると、わたしが10代のときに観た1986年の映画「スタンド・バイ・ミー」が放送されていました。多感な少年4人組が、さまざまな問題を抱えつつ自分たちの住む街から死体を探しに冒険に出るという青春物語です。
ジェームス・ディーンの再来といわれた、ナイーブな存在感を持つ故リヴァー・フェニックスの凛とした美しさに酔いしれながら、わたしは中学生のとき家出した日のことをありありと思い出していました―。
ある朝、いつものように学校に行くためホームで電車を待っていて、ふと反対方向の電車に乗ってみようと思ったのでした。毎日見る光景とは違うものを見たい、そう思っただけでした。大人たちが騒ぐなんて思ってもみなかった。
わたしの乗った電車はおなじみの街を越え未知の領域に入り、いつの間にか県境を越え、窓の外にはこれまで見たことのなかった世界が広がっています。
自分がいた世界から脱出した、わたしはもう自由だ!というあれほど大きな開放感をかつて味わったことはなかった。
あれほど自分の強さを確信したときは、かつてなかった。
電車代がなかったため、改札口を通らず柵を乗り越え駅の外に出たため駅員にばれ、わたしのささやかな冒険は半日で終了したのでした。
この映画で一人の少年が、食事が終わった後好物の煙草を吸いながら、”I cherish this moment.”と至福の表情でつぶやきます。「僕はこの瞬間がたまらなく好きだ。」という訳になるでしょうか。
”cherish”という動詞は、あるものを「大切に胸に抱く」とか「慈しむ」という意味で、わたしが好きな言葉の一つです。
皆さんはどのような瞬間を、こよなく愛しますか?
仕事が終わった後の一杯、愛する人と見つめあうとき、好きな趣味に没頭しているとき―。
わたしは、拘束されていた場や時間から解放される瞬間がたまらなく好きです。解き放たれて息を吸ったときの清々しさと空気感は、何物にも代え難い。
結局、誰しも自分自身への愛が深いほどこの瞬間を大切にできるのかも知れません。
”cherish”の目的語は、「わたし自身」が一番ふさわしいのでしょう。
I cherish myself.
こう高々と宣言できるのが、女神の資質なのかもしれません。
自分自身を愛し慈しむ人こそ、世界や他の人を大切にすることができるのですから。
自分自身が何かから解放されることを目指すのでなく、人を良い状態に解き放ち、その人が自分自身を愛することができるようにするため、わたしはまだまだ修行していかねばなりません。
つまり、わたしの中学生のときの冒険はまだまだ終わっていないのです―。
Posted at 2008年04月01日 23時59分24秒
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