中目黒の駅近にある美容整体,美容鍼 美容鍼、頚椎、後頭部の微細な整体、量子場調整によりあらゆる精神的、身体的状態を修正。顎関節のブレが小さくなり顔の小顔、シンメトリー、身体のプロポーションなども理想的に変化。
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ただある         朋美カウンセラー



ただある


ヴィジョンはいつの間にかわたしの意識を満たし、これからどこへ行くのか照らす光のスクリーンになった。
それを目の前に置いたら、後はそこへ向って進んでいくだけ。
いまここにこうしているのは、以前に気づかないうちに抱かれていたイメージやヴィジョンが、知らない間に選択されていて、それを追体験しているのだ。
どんな現実であれ、それはわたしが自分の意思で選んで行動した結果なのだ。
だから、過去を悔んだり未来を憂うのではなく、ただ現在を意識していよう。

そんなことを思いながら、今日江ノ島の砂浜を歩いていました。
天気が良く、久しぶりに車をかっとばしてドライブしたくなったのです。
都心から1時間も車を走らせれば、もう海岸線に辿り着きます。
車を駐車場にとめて、人の少ない砂浜を歩きながら、太陽に乱反射する海を眺めていると、わたしの内側に付着した日常の堆積物が波に洗われる感じがします。

犬の散歩に来ている人、デートで歩いている恋人、絶望した表情で歩いている人、さまざまな人の人生がほんの一瞬ここで出会います。
幸福の絶頂にいる恋人なら、海に光る太陽は自分たちを祝福するサインに見えるでしょうし、
絶望の淵をさまよう人なら、美しい海が自分をいじめる恐ろしいものに見えるでしょうし、
サーファーなら、自分のコンディションを図るバロメーターに見えるでしょう。

でも海は、そんなことを知らずただ波を岸に打ち寄せ、
太陽もそんなことを知らずただ大地と海洋を照らしている。
誰に見せようと思っているわけでなく、光を受けた海面は静かにキラキラと輝いている。
誰に見せるわけではなく―。

そういえば、12年くらい前失意の状態で、この砂浜をわたしは歩いていた―。
そのときと何も変わらず、海と太陽は、ただある。
それにあれこれ意味を与えて解釈するのは、人間の方なのだ。

だからこそ、と接続するのはおかしいかもしれないが、ただひたすらいま現在を意識したい。
海の光の粒の一つ一つに、自分の過去を投影したくはない。
空を飛んでいるかもめさんに、余計な意味を付け加えたくはない。
強く、それを想った。

「わたし」を洗い流し、「わたし」をもっと深いところでつかみたい。
そのために、過去を悔んだり未来を憂うのではなく、ただ現在のこのときを意識したい。
それを実現するツールに、量子場調整はなる。
いや逆に、量子場調整をとおして、いまこの瞬間を意識する意義をわたしは知ったのだった。

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そして、昨日新たな突破口を開きました。
存在と非在の飛び級に合格したのです。
挑戦したゴレンジャーじゃなくて、5人の女神レンジャーは、より自由で高性能の道具を手に入れる旅へ新しく出かけることになります。

院長が開発した技術をもっと知りたい、もっと院長が創ったヴィジョンを体験したい―。
その想いと、もっと自分自身を征していきたい、「わたし」を漂白して、もっと確実なわたしになりたいというヴィジョンから、飛び級を受けました。
トランスを受講したばかりの頃とは、考えられなかったほど、確実な感触があります。
ひとえにそれは、トランスの技術力もさることながら、ヴィジョンが先立ってわたしを導いてくれたからだと思っています。


また、最近は人にどう思われるかさほど気にならなくなっていることに気づきました。
ある受講生の方が正直におっしゃっていて共感したのですが、いつも人にどう思われているか、それを基準に行動していた意識が、泡のように消えていることに気づきました。

講座の前に行う最近の気づきで、治療に関する自分の限界性について、正直に皆に報告しているわたしがいました。
1年前なら、良い自分をみせることばかりにフォーカスしていて、きっとできなかったでしょう。
その患者さんは、10か月くらいカウンセリングでいらしているのですが、精神状態は心療内科と薬が不要になるまで良くなったのですが、身体の状態は劇的に良くなった後、再び過去のわだちに戻っています。
院長に、「それはただ自分の能力がなかったということにすぎないのですね。」と言われたとき、シンプルな爽快感がありました。

そうだ!ただわたしが能力がなかったということだけなんだ。
それは同時に、もっと能力を高めることが、わたしにはできるということでもあるのだ。

弱い自分、情けない自分を人に出せるようになると、何に自分が囚われていたのかが良く分かります。
弱い自分を出すことは、「わたしって弱いから、ダメだから」とアピールすることとは違う。
他者の目や、どう思われるか想定しないところに自分の基準をつくることなのでしょう。
それが、内側に自分の核を育てることになるのでしょう。

いまは、人にどう思われるのだろうか、という囚われが以前より手放せています。
人が思考することは分からないし、何を考えようがもともと自由なのですから、恋人でも夫婦でも介入することはできない。
そんなふうに手放せられるのは、きっと自分の核が育ってきて、自信がついてきたからでしょう。


どう思われるかより、ただわたしでいる。
どうありたいかより、ただわたしのままでいる。

ちょうど、今日見た海と太陽みたいに、わたしはありたい。
 

Posted at 2010年02月09日 02時46分37秒  /  コメント( 0 )  /  トラックバック( 0 )

初心忘れべからず       アヤ美容整体師



   姪っ子がオーロラ見学に行き送ってくれた写真

アドバンスエグゼステンスへの飛び級認定いただきました。
また新しい技術を取得できると思うとワクワクする自分がいます。

この2,3年すこぶる進化にとても感銘を受け新しい仲間に目を輝き
日々の変化を楽しんでいます!

同じ話題でここまで話せるのかというくらいみなさん熱心に意見の交換が行われ
ワインセレモニーもいつも盛り上がっています。
時には少し外れた話題など女性は話が尽きないようです。

ただ少し足踏みしている自分もいます。
私が白雲の道に最初に訪れたとき院長に師事し勉強(修行)を始めたころは
ひたすら基本となるイメージトレーニングでした。
いろいろ技術が進化して多少高度の技術で迷いがあった時にもこの基本となるイメージトレーニングは私を助けてくれました。

この基本という意味では、この道に入るきっかけは何でこの道を選んだのかもあると思います。
自分が変わりたい!はてどう変わりたいのか・・・
あの時は自分の能力を上げることでした。
自分自身の構築でした。
その結果自分に余裕が出てくると周りに助けられているということが解っていくのだと思います。

私はこの期間夫に家事などを協力してもらいながら今の自分がいます。
サラリーマンの夜遅い仕事にも関わらず、本当は言いたいこともたくさんあったのでしょうけど、黙って協力していただいたのには感謝の気持ちでいっぱいです。

この技術は自分自身の構築なのだけれど、自分自身だけではないところが垣間見えるのかもしれません。
本当の自由とはそんなところに気づくことなのかもしれません。

あの時ビックサイトで出展したのも周りの協力があったから、白雲の道に出逢ったのも協力があったから、どうして量子場に興味をもったのか、振り返ることも時には必要なのかも・・・

最近発売になったマイケルジャクソンの「THIS IS IT」DVDと、量子場女神講座第3期生に借りている10数年前マイケルジャクソンのライブDVDを短期間に視ていますが、どちらも同じ曲が歌われていて最近のDVDは映像を3Gなど取り入れて進化していますが、踊りは昔そのもので切れがいい!
周りや時代でいろいろな進化をしているにもかかわらず、ダンスは基本的です。

そして最初のグループ時のジャクソン5の歌が歌われている。
その謙虚さが人の心をつかんで離さないのかもしれないと考え深いものがありました。
また「THIS IS IT」のDVDの中でマイケルジャクソンがいつでも挑戦したい!
それは冒険だ!観客を現実の世界ではない冒険の世界に引き寄せるとも・・・

どんどん新しい技術が公開されてもちろん進む覚悟はあります。
でもしっかりあの最初にこの世界に踏み込んだきっかけも忘れずにいたい!
そしていつでもマイペースでいきます!
 

Posted at 2010年02月08日 02時12分42秒  /  コメント( 1 )  /  トラックバック( 0 )

第7章 愛  5 面白い  小説化志願  岩尾院長

第7章  5 面白い!。

 真理の種グループの7人に、少しずつ能力的な進化が起こっていた。その中のリョウコやナオコは意識を身体から分離する幽体離脱が意図的にできるようになり、その中で今までにない知識を得るようになっていた。不思議なことにこの世界に深く入って行くと、この世界は意思に従って逐次変化する事に気がつく。

 身体を動かすのが大好きなユキ子は、トロンとの恋で夢中だが、この幽体離脱世界の探求にも努力を惜しまないでがんばっていた。
 トロンはその事にあまり興味を示さなかったが、ブライアンが自分のクローンに幽体を離脱させて乗り移った事は否定できない事実があり、その事を考えると何かあるのかもしれないと思うようになっていた。

 もしそれが現実世界との接点があるなら、面白い。ユキ子はしきりにこの現象は夢を追いかけたり、連想ゲームのような逃避ではないと主張するが、これが現実と異なった次元に終始しているなら逃避以外の何者でもないとトロンは思っている。

 トロンは主張した。
  「でもまだその現実との接点はユキ子は知らないのだろう?だからそれは今の時点では期待でしかないのではないか。」
 
 「確かにそうなのだけれど、もしこの夢見の状態がこの世界の現実と一致したとしたら?きっと一致させてみせるわ」

 「そうなると、それはすごい事だと思うよ。その可能性はあると思う。僕も最近調べているのだけど、すぐに眠ってしまう。」

 「瞬間的な物質の移動であるテレポテーションを知っているでしょう。その事に何か関係ない?」

 トロンは科学認識が高い、地下結社の科学力は外側社会の比ではなく、その事はトロンにも数学的に説明できる。テレポーションの技術は既に完成しており、その基本は始めに場を確定する事にある。それは意識の世界では幽体離脱での時空の確定なのかもしれない。
 その事を匂わすのは、ユキ子の背後にいるショウやナザレの結社に知られる事になるので、黙っていた。

 ユキ子からも、トロンがブライアンのスイス結社から送り出されている事を知らされているので、あまり深いことは話せないジレンマがあった。

 しかしここにひょんなことからこの間に突破口が開いた。

 
 「トロン、以前自分には親がいないと言っていたけど、どうしてなの?」

 「。。。。。。。ユキ子、僕はずっと、その事を話そうか、どうしょうかと悩んでいたんだ。」

 「私もお話したい事があります。」

 「わかっているよ、その事を知ると僕の背後が動き出す可能性があるから聞かないでいたんだ。」

 「正直なのね、、、、、、、、」

 「僕の素性を知っているんだね。」

 「あなたの心がとても正しく、正直で、勇気があることがわかるわ。つまらない質問してごめんなさい。」

 「。。。。。。わかった。僕は君を愛していることだけで、すばらしい現実だ。それ以上は求めないようにしよう」

 「私も、、、、あなたを愛せるだけで、、、、、夢のよう。」

 「僕も同じだよ。。。。君のようなすばらしい人を包んでいる人たちはきっと想像以上に凄い人たちなんだろうな」

 「私も、同じようにあなたのような人がいる世界はきっとすばらしい人たちなんだろうなって。」

 「えっ、そんな風に考えてくれていたのか。嬉しいよ。そうなんだ。凄い世界なんだ。きっと君の周りの人たちもそうなんだろうね。」

 「わかったわ。。。そのすばらしさがどのように異なっているか、それが問題ね。」

 「その角度は、うきうきするね!」

 「。。。。一線を越えないよう、その個性の違いはどこにあるのか、お互い一言で表現してみましょうか」

 「一言で言うと僕の世界は高度の科学技術にある。」

 「私の世界は言うならばちょっとした意識科学ね」

 「。。。。。。。。なるほど、、、見えてきたぞ。ひょっとしたらその共通項は量子認識にないか」

 「えっ!びっくり。そのとおり!私もうきうきしてきちゃった。」

 「。。。。。。。君の世界は、人と一緒にいて感じる暖かい何かを僕たちの世界に開いてくれるのかもしれないな。」

 「。。。。そうかもしれない。嬉しいわ。本当にあなたはすばらしいのね。」

 
 このような、彼ら創造の戦士達の会話をくまなくチェックし、観察している部署がスイス地下深くにある。最近、東京に派遣されてやってくるダイアンも、彼らを最重要視していた。
 
 特にショウやミヨに近いトロンとユキ子の行動は一瞬たりとも見逃さない。この二人が恵比寿のスポーツクラブの中ではミヨの結界が作用し、何を話しても知る事はできないのだが、この建物の外に出ると明瞭に彼らの息遣いまで伝わってきている。
 
 その事をトロンのような創造の戦士達にはまったく知らされていない。チップが胸の中に埋め込まれている事は知っているが、それは安否確認の通常のものであると説明されている。
 しかしそのチップに高度の量子技術が使われており、彼らの状況は本部に立体映画のごとく観察され、状況が逐次筒抜けになっている。

 その事を知っているのは、ブライアン、ミーナとダイアン、スイスの管理中枢部にいるこの装置の管理者だけだ。創造の戦士たちのリーダーであるシュタインも世界の拠点の責任者達も当然知らされてない。

 結社ナザレの情報網も主事やショウらもその事にはまだ気がついていなかった。
 

 ユキ子は、この人だったらきっと、ショウの様にこの技術をマスターできるのではないかとずっと思案していたが、思い切って提案した。それはユキ子にとって愛から発した思い以上のもので、ちょうどミヨがショウに思う気持ちと同じだった。

  
 「トロン、私はナザレの叡智の一端をあなたに伝えたいと思います。」

 「それは、うれしいけど君の友人達に危険が及ばないか。」

 「この技術は基本的に修業のなかで精神がピュアにならないと、理解はできないし役にも立たないのよ。」

 「そうか、それは面白い。ピュアな心がどんなかわからないけど、修業は僕も求める第一のものだ。」

 「きっと、あなたのとても深い心の中を満たしてくれるものだと思っているの。」

 
 「本当かい!。。。僕は君に何をあげたらいい?」

 「何もいらないのよ、トロン。私達の目的は外側にはないし、、、もしあるとしたらもう既に在るものだけ。」

 「意味深長だね。修行しているうちに理解出来るもののようだね。がんばってみよう。。。。どこから始めるといい?」」

  この会話を聞き、疑似体験しているダイアンは思った。

 「面白い。」
  
 すぐに創造の戦士達のリーダーであるシュタインを呼び出した。

  「シュタイン君、君は東京に女性の友人はいるか?」

  「はっ、ダイアン司令官殿、それらしい女性がいますが。」

  「その女性とトロンに近づき、トロンを見張れ。そして戦士達の全員に恵比寿のスポーツクラブに加入するように。私も近いうちに合流する。」

  「わかりました。すぐに彼らに指示いたします。一つ伺いたいのでありますが、トロンが何か不都合な行動をしているのでしょうか?」

 「いや、そういうわけではない。彼の生活圏内にナザレの重要メンバーである、ショウやミヨが入ってきている。」」

 「なるほど。。。理解しました。戦士達にそのように伝えてもよろしいでしょうか。」

 「いや、まだその必要はない。」

 「了解いたしました。」

 ブライアンもこの報告をダイアンから聞いて「面白い。」と頭の中でつぶやいた。

 もう一人「面白い。」とつぶやいた者がいる。それはパラレル世界から見守っているナザレの主事だ。
 

Posted at 2010年02月07日 11時17分08秒  /  コメント( 0 )  /  トラックバック( 0 )

アドバンストランス4回目受講した感想

トランスの技術は、量子場調整における私の翼を広げ、より自由な創造を
可能にしてくれました。

たとえるならば、CΩの技術が決まった形を身につける基本ステップのような
もので、それに対し、トランスは基本を元にもうちょっと好きにアドリブを入れる
ような感じ。。。

トランスの技術を使って構築した場は、いわば、自分の作品のようなところが
あり、毎回、仕上がりを確認するのが楽しみとなりました。

CΩは構築すればそれなりに整うけれど、技術としてはそれ以上その場では打つ手が
ない状態だったわけですが、トランスは自分なりの工夫のし様があり、「自分で」
創造する自由度があがるのです。

自由に工夫する余地があるということは、自分自身の意図が必要なわけで、何を
どのようにシフトさせるのかを決断しなくてはなりません。そのためには、現状を
クリアに観る力が要求され、トランスの技術を使うようになってより一層直観が
磨かれるようにもなりました。

正直、CΩだけを使っていた頃は、「これがいつまで続くのだろうか?」と閉塞感を
感じるところがありましたが、岩尾先生の「技術を超えるための技術」という言葉を
聞き、そしてまた、トランスや存在と非在というより自由な技術を習得するという
ビジョンが明確になって、日々、ワクワクとしながら量子場調整を施すことができる
ようになりました。

技術を超えるために、技術をものにするよう今後も直観を磨いていきます!
 

Posted at 2010年02月02日 01時03分24秒  /  コメント( 0 )  /  トラックバック( 0 )

未熟な施術者の実験    朋美カウンセラー

三期生の真さん(師範名青華)に書いていただきました


未熟な施術者の実験


またしても花粉症の季節がやってきました。
去年かなり症状が回復したとこのブログに書いたと思いますが、すみません、誇大広告でした!
先週あたりからあれっ?という違和感。
まさか、まさかと恐る恐るテレビの天気予報を見ると、「本日よりスギ花粉が飛散しはじめました」。
ガビーン!わたしってば相変わらず。
「想い」だけでは、完治は難しいのね。

問題は花粉にあるのではなく、それに反応してしまう身体ですもの。
花粉症と身体のメカニズムを解明しなくては....。
去年は量子場調整の基礎構築(CΩまで)しかできなかったけど、そうよ!わたしはもうトランスができる。
つまり、直接症状や身体の特定の場所に働きかけることができるのだわ。

これまで、なんとなく症状と腸の関係に気づいていました。
決まってこの時期になると、お腹が張ってコロコロうさぎさんのウンチだったり、下痢になったり、スッキリしない。
つまり、丹(ハラ)に力が入らない。
好調のときは引き締まった筋肉のお腹が、加熱しすぎてゆるんだ肉まんの表面みたい。
そういえばヨーグルトで花粉症が改善したという例があるな、と試したけど、かえってお腹がポヨポヨになり、空気ばかりが大気を汚す(つまりおならばかり出る)。
水分摂取が過多なのかしら?、いつも顔は酷くむくむし(この時期アイラインが濃いのは、そのせいです)。
ひょっとして、肝臓の機能が弱っているのかしらん?

確かに、この時期の寒さや運動不足の傾向から、水分代謝が悪くなり、過剰な水分を排泄しようとくしゃみや鼻水が出るのかも。
それは、大腸の免疫機能の低下と肝臓の解毒作用が弱くなることが関係しているのかもしれない。

技術が進化したこともさることながら、わたし自身の考え方もちょっと進化しました!(いまさらですが)
と、いうことで早速トランスで肝臓を強くします…。
すると、対角線上にある左側の背中側の大腸の辺りが弱まり、身体全体のバランスが崩れます。

やっぱり身体の調和、バランスの観点においても肝臓と大腸は関係しているのかしら?
二つの臓器の機能低下は、一つのストレスに対する、二つの表れなのかしれない。
身体の免疫機能の60%を担っている大腸が、下痢や便秘によって免疫が弱まり、体内に入った花粉によって傷ついてしまう。
大腸がうまく働かないものだから、大腸から送られる血液中の毒素を分解して身体を調節する肝臓もいろんな毒が処理できずover dose状態になって、弱まってしまう。
身体の内側は調和しているから、それぞれの臓器は、食物連鎖のように関わり合っている。
不快な症状は、この身体の調和している状態、バランスする高度な能力を教えてくれているようです。

そして、その後大腸を強くし、バランス....。
おおっ!だいぶ姿勢が変化して、丹から力がみなぎる感じ。
鼻水もしばらく出てこないし、なんか自分の身体に対する弱々しい気持ちが一掃されたぞ!
しばらく、これを試みてみよう。

症状に対していろいろ考案して実験できるのは楽しいなあ。失敗するかもしれないけどね。
CΩまでとは段違いに面白いぞ!
積極的に自分の身体に働きかけることができるなんて、なんて贅沢なのかしら。
身体で体感することによって、意識と無意識を鍛えることができる量子場は、やっぱり楽しいです。

新しいおもちゃを与えられた子供のようなわたしです。
と、いうことでこれからもいろいろ実験してみます。
未熟ながら!
 

Posted at 2010年02月01日 21時43分48秒  /  コメント( 0 )  /  トラックバック( 0 )

第7章 愛 4 架け橋  小説化志願 岩尾院長

 
第7章 愛 4 架け橋

 ギョロ目の親父こと結社ナザレの主事は、非常に特異的な人間だ。この常識の世界と虚空の世界に片足づつまたがって、不思議にも生きている。

 西暦1860年生まれ、ナザレの結社を結成した1896年、36歳の時は精神の高みに達している以外は普通の人間だったが、量子場の研究を続ける間に時間空間の常識的な認識を越え、76歳には心の働きと量子場を完全に一致させ、時空間を飛翔する技術の完全な構築に成功した。

 それ以後歳をとる事がなく、現在2019年でも完全な健康体で虚空である非在世界と現世の存在世界の二つの世界にまたがって生きている。
 彼自身に対する仕事は既に終わっている。肉体的にも感情的にも彼の中には問題と言えるものは何一つ残っていなかったからだ。

 ただ世界に対してのやりかけの仕事が残っている。それは人間の能力的な進化を促進する事。そして人間、人類の意識そのものに創造的なシフトを起こす事だ。

 この時のために数十年の長い時間、パラレルワールドを探索し人間が進化し、内側に意識的な進化発展を起すための準備をしてきた。
 このパラレル世界は、物理世界や虚空にあるのではなく、その間の架け橋として在る。
 もし、この世界の一人でもその世界を探求し、その世界に道を開くなら、数十億の人間の意識の中に平行宇宙への突破口を開いた事になる。
 その様な意味では、この道は彼によって既に開かれている。しかしこの道はもっと多くの人たちによって達成されなければ人間の集合的な臨界点に達しない。
 
 
 虚空の世界の中にあらかじめ法があり、物理世界の宇宙にもあらかじめ多くの法があるが、その道とはこの二つの世界の法を一つにまとめる法のことだ。

 21世紀になって統一場理論の試みが急速に高まり一般世界の優秀な研究者達が熱気だったが、ブライアンの地下組織が秘密裏に彼らを撹乱し、主だった科学者たちを抹殺したので一般社会からこの認識は消えてしまった。

この理論によってブライアンの科学力だけは格段に高まっていたが、この統一場理論には意識が含まれていない。そのために物理科学は進化したが、人間自身が進化する方向にはなかった。
 ブライアンの地下結社は外側の世界、物理世界への支配的進化が進み、物質や人の瞬間移動さえ可能になっているが、人間そのものの進化は起こってはいない。

 量子群は意識された観察によって変化し、肉体や世界の意識的な創造に道を開くものだ。しかし金融支配やその後のブライアンの地下結社はその道を塞いだので、その後の量子論はその羽根をもがれたところで右往左往している蝶のようだ。

 
 その人間意識に関しての研究と実績は結社ナザレにあった。ブライアンは主事の元で学んでいたその当時、その様な意識の研究は夢物語に近いものであってその時代のサド的な世界の支配構造には役に立たないと判断した。
 
 しかし、金融と量子チップによって進化したはずの世界支配をあざ笑うようにパラレルワールドを開きその中を移動しているナザレの者達がいる。
 ブライアンは、いらつきながらも彼らを泳がせ、そのノウハウを結社から根こそぎ奪う機会をうかがっていた。

 そのための周到な計画が動き始めた。

 
 地下都市の全体を把握している男がブライアンの他にもう一人いる。その男の名前はダイアン、ブライアンの肉体年齢の一つ下の38歳、彼はブライアンの片腕に近い。
 彼の居住区は科学者居住区だが、工作員居住区にも住まいを持ち二重の生活をしている。どちらにも家族と妻がいて公私共に精力的。実用段階に入った遺伝子操作技術によって生まれた傑作品である。

 ブライアンは彼があまりにも知的にも能力的にも勝れているので、その能力を分断するために二重の生活をする様に命じた。その事で科学力と世界支配の調整役である彼の仕事が効率的になり、また彼の注意力が二つの方向に向かうので彼の反逆の可能性をつぶし、コントロールし易いと計算したからだ。それほど彼の環境と仕事上のポジションは反旗を翻すあらゆる誘惑に取り巻かれている。

 ブライアンの意図どおり、彼は仕事を完璧なほどにうまくやり、二つの家族もバランスをとりながらもよく面倒を見、世界の反逆分子に対する時には罠を仕掛け、時には謀略、暴力を臨機応変に決断してきた。その知性はブライアンに次ぐものであり、大変なものだ。

 このダイアンをブライアンはミーナと一緒に住んでいる広大な住居に呼び出した。ミーナもブライアンの隣の深いソファーに座っている。

 「閣下、ミーナ様お久しぶりです。」

 「家族はみんな元気でやっているか。」

 「はっ!両方に子供が5人授かっており、みんな幸せに暮らしております。」

 「そうですか、、ダイアン、みんなかわいいでしょうね。」

 「はい、ミーナ様、私は幸せ者です。」

 「ダイアン君、呼び出したのはちょっとした仕事をしてもらおうと思ってのことだ。」

 「は!どんな事でも遂行してお見せ致します。」

 「結社ナザレが2年ほど前に再結成されたのを知っていると思うが、そのあたりから不穏な出来事が度々起こっている。その事を調べるために家族を連れて東京に移ってもらいたいのだ。」

 「両方の家族を連れてでしょうか。」

 「いや、どちらでもかまわないが、一方の家族の方が良いだろう。」

 「わかりました。ナザレは私も気にかけていた所ですので、お任せください。」

 「ん、さしあたりナザレの問題の全権を君に任せる。おそらく今までで一番の難関になるだろう。」

 「はっ! 私もその様に感じております。今まで長い間ナザレの主事をマークしておりますが、彼の能力には我々にとって途方もない危険性を孕んでいます。」

 「そのナザレの主事ってどんな能力なの?」

 ミーナが割って入った。

 「はい、どうやらナザレの主事はパラレル世界、つまりこの時空間を科学装置を使わずに変化させ、この地球上のA地点からB地点に身体ごと移動しているのであります。
 その能力は我々の支配構造を脅かすもので、もしこれが意識科学を伴った技術であるなら早期に葬り去る必要があります。どうやら主事の研究はその種のものなのです。」

 「そうなの、すごいわね!。。。。その移動の間にはどこにいる事になるのかしら」

 「おそらく、我々の瞬間移動装置の様に、事前に意識を量子状態に移動させているでしょう。」

 「という事は、二つの世界に住んでいて、そこに橋が架かっている事になるわね。」

 「そうなりますね、意識は量子状態に、身体は物理世界にいながら、この二つに橋が架けられます。それが瞬間移動です。」

 「すごいわね!もしそれが本当なら、あなた以上の二重生活者ね。」

 ミーナはちょっとした悪戯をダイアンに放った。

 ブライアンとダイアンは顔を見合わせながら苦笑いをし、ミーナはそれをよそに東京にいるはずのミヨが自分の前に現れた事を思い出していた。

 
 「ミヨさんと私の間に橋がかけられている。。。。」と心の中でつぶやいた。

 

 
 
 

Posted at 2010年01月28日 20時31分53秒  /  コメント( 0 )  /  トラックバック( 0 )

わた師            朋美カウンセラー

これはたわし


わた師


わたしの前に量子場調整があるわけではなく
わたしのために、量子場調整がある。

わたしが女神性を備えていることを証明するために、量子場調整を使う。
量子場調整は道具であって、信じるものではない。
わたしは量子場の信者ではない。

でもわたしは量子場の背景にある哲学が大好き。
技術そのものより、この世界観に魅かれている。
世界観とは、現実の一つの切り口だ。
世界にどんな切り口があっていいし、それは人間の数だけあるだろう。
一つ一つの切り口を比較して、どちらが正しいかどちらが間違っているか、議論してもしょうがない。
なぜなら、世界の切り口がその人の他でもない世界なのだから。


日本の芸の世界は、踊りであれ芝居であれ、まず真似から入るという。
お師匠さんや先輩達の技を、いつもわきから盗み見たり、耳をそば立てて楽器の音色に集中したり、足の運びや息遣いをそっと気配で窺う。
そして、それをひたすら真似る。
自分自身を滅却して、ひたすらひたすらにその人を真似る。
そういうことを5年、10年、いや20年も続けていくと、自分自身の個性というものが、研ぎ澄まされた形で現れる。
それはもう、意図しているというより、はじめからそこにあり、必然としかいいようのないかたちで表出する。
それを、芸事にたずさわる人たちは、「個性」といったそうです。

西洋のように、はじめから個があって、それを表現し主張する文化とは正反対です。
彼らに日本の伝統的なアプローチを説明しても、眉をひそめるだけでしょう。
アートは自分自身を表現する手段なのに、なぜ人を真似るのだ?と。
どちらがいいか悪いかという話ではないけれど、わたしは日本的なものに魅かれます。
なぜなら、わたしも「わたしが」と自分を主張する人間だから。
自分にはない価値観を、とても美しく感じます。

量子場調整も、ひたすら「わたし」を殺して、思考を滅却して行うところが、日本の芸事に似ていると思いませんか。

わたしをなくして、「波動」のしもべになるということではなく、
わたしをなくした先に、「波動」を扱える主人になれる能力が獲得できるのです。

誰しもはじめから女神であり神だった。
しかし、自分自身にその能力があったことを確認するために、修練が必要になります。
ひたすらコツコツと、石を積んでいった先に、これまでにない新しい能力を使えるようになっている。
ショートカットもいいけれど、一歩づつ歩んでいく、徒歩で勝ち取るゴールも、価値があるのではないでしょうか。
刀の質は、どれだけ透明な意識を集中して根気よく叩いたか、その時間と比例しているといいます。


詩人谷川俊太郎はこう言っているそうです。
詩にならない言葉は、「わたしが」が入っている。
「わたしがわたしが」が入ると、どんな切実な言葉であれうるさい。
たった三行でも「わたしが わたしが わたしが」だと、うるさくなる。
詩人の「わたし」から離れて、自立している言葉は静かで響きがよい、と。


量子場調整で使う言葉も、「わたし」や思考が入りません。
それは、個性を無視しているわけではなく、むしろ個性やその人の存在を確かなものとして再構築するために、「わたし」から離れるのです。
そうすると、新しいわたしが、くっきりと鮮やかに立ち現れます。
まさに、わたしのために量子場調整はあるのです。

だから、量子場調整ができる人は、量子場調整師というより「わた師」なのです。
 

Posted at 2010年01月28日 19時12分20秒  /  コメント( 1 )  /  トラックバック( 0 )

アドバンストランス飛び級第1号報告

初めての「アドバンス トランス」

先日、めでたく飛び級し、今回はじめて参加させていただきました。
新参者の私ですが、諸先輩方と一緒の場で学べたことは、大変な喜びです。

「トランスは、すごいよ〜!」の言葉にわくわくしながら・・・
何が、どう凄いのかを確かめたいっ!と、楽しみにして行きました。

今回はトランス4回目ということだったので、とりあえず まずは皆さんについていくことに精一杯。
途中、今までの 「CΩ」 とちょっと混乱してしまうような感じもありましたが、
理屈ではわからなくても、ちゃんと身体は反応している自分にもビックリでした。
ふむふむ、なるほど、なるほど・・・こういうことか! 理解したのはアタマではなく身体でした。

「CΩ」 の身体の構築が、レゴブロックを積み上げている感じだとすれば、
トランスの 「BΩ」 は、陶芸でろくろを回しながら、ちょっとずつ微妙な形を整えてゆく・・・
というような、自分で作り上げる作品、トランスは、まさに“作品作り”のような感じでした。
つまり、より自由度が増すということなのですね。

「ここを、もっとこうしたい!」とか、「この部分を少しこのように変えてみよう!」というように、
より具体的に、自分の思うままに構築できてしまうのです。
こうしたい、ああしたい!のわがままを、自在に操る感じです。

「CΩ」 で、全体をつくりあげ、「BΩ」 で、細かいディテールにこだわる・・・そんな感じですね。
そして、昨日は、そこでの 《バランス》 という言葉を習いました。
実は、これがとても重要な役目があったんですね。

たとえば、ろくろを回していて、ちょっと油断すると粘土つぶれるよー!ってな感じも、この
《バランス》 で修正できてしまうのです。

アーティストが、自分の作品をつくる時に、あまりにディテールにこだわって、
色々やっていくうちに、なんだかバランスの悪い作品になってしまった!
・・・という、よくある話(でもないか!?)ですが、やはり、もっとこうしたい!と 
いじくっているうちに、バランスが崩れることがありますよね。
そこを修正しながら、構築してゆく。それがトランスなのかなって思いました。
どうやら、《バランス》をとりながら変化させていくのがポイントのようです。


とにかく、トランスはおもしろいです。 

でも、きっと、まだまだ これでは未完成だってのは、なんとなくかわかります。

作品の仕上げには、たとえば、ニスを塗ったりとか、額に入れたりとか、ケースにしまったり・・・とか
そういう最終段階というのがあるように、この先にあるのが・・・きっと存在と非在の 「AΩ」 なのかも!と
漠然と思ったのでした。

「CΩ」 、「BΩ」 、「AΩ」 それぞれに、ちゃんと意味があるんですね。

ちょっと、みえてきたぞ〜♪ 


<PS>
ワインセレモニーでは、ひろこちゃんが 「実は 私もそこのところちょっと疑問だった」というところを、
深く深く追求してくれて、おかげで私なりに理解できました。(ひろこちゃん、ありがとう!)

小脳と大脳の関係において、ポイントは 「大脳が小脳に対するオーダーの仕方」 だったんですね。

院長先生と いつまでもメビウスの輪のようになってしまいましたが、私にとって大きな収穫でもありました。
ワインセレモニーも、いつも本当に気付きの多い時間です。

C.S
 

Posted at 2010年01月26日 13時57分18秒  /  コメント( 1 )  /  トラックバック( 0 )

意識的な進化       朋美カウンセラー

意識的な進化


母からのヘルプメール。
「パパがノートブックを買ったので、設定しに来て下さい。お願い…」
思えば10年くらい前購入したPCに、父はクリックすることもできず、電源ボタンの位置も忘れてしまう有り様であっけなく挫折し、図体ばかり大きいデスクトップ型のそれは、母親の日記帳とゲーム機に格下げされていた。
それを何を思ったか、ノートブックを購入したですって!

でも、めんどくさいなと思いつつも、ちょっとうれしかった。
お父さんは、まだまだ新しいことに挑戦したいんだ!って。

実家に帰ると、父はパソコン教室からいそいそと帰宅し、「やあやあパソコン見た?スゴイでしょ。」と、ご機嫌な様子。
母にさんざんPCを使えないことをいたぶられて、ちょっと控え目ながらも、その瞳には新鮮な喜びが宿っていました。
「新しい課題がないと、どんどん老化しちゃうよね。」と言ったら、「朋美君、そのとおり!」と。
手土産のつもりにと、父に量子場調整を施したら、かなり姿勢が良くなり軸が安定して、咬み合わせもしっかりしました。
「これはいいなあ、歯は大切なんだね。僕はこれから入れ歯を変えるよ。」と、お父さんは妙に気真面目な表情をして言いました。

人は幾つになっても、もっと今よりもっと良くなりたい、という希望がなくては、生きることは過去の繰り返しになってしまう。
新しいものを買って、新しいことにチャレンジする、新たに身体を変える、という父の意欲は、枯れない父の意識を表していて何よりうれしかったです。


ところで、「ダーウィンの法則」で歴史に名を残したダーウィンは、こう言ったそうです。
「生物は生存闘争の結果、個体の生存にすこしでも有利な変異を持つものが保存され、種内に広がり、これによって新しい種が誕生し、進化が起こる」
ダーウィンは猿から人間に進化した仮説から、結果的にそう言ったのでしょう。
その真偽はともかくとして、「すこしでも有利な」という言葉が、ポジティブでいいですよね。

たとえば、姿勢が少し良くなります。
すると、ちょっと身体が軽く感じられる。視界が広くなり周りが良く見える。肩甲骨が拡がり呼吸が深く入る。奥歯が接地して口角が上がる…。
などなど、さまざまなたくさんの「すこしでも有利な」要素ができます。
でも、この「すこしでも有利な」要素は、それだけでは使えない。
それらが自分の外側と出会うことによって、つまり体験を通じて認識されることによって、変化が完了するのかもしれません。
「姿勢が良くなる」という事実が、「きれになった!」「疲れにくい!」「10代の頃みたいに軽い!」といったさまざまな体験とつながることが、変化する、いいかえれば「進化する」ことへ通じるのではないでしょうか。

無意識のすごさは、わたしたちの意識が「すこしでも有利じゃん」と認識した段階で、後の進化のプロセスを自動的に行ってしまうことです。
進化するために、わたしたちは意志を発するだけでよい、それは素晴らしいことではないですか!

前回のトランス講座は、この「進化」できる能力をまざまざと証明してくれました。
無意識に対して、基準を設定することはとても大切ですが、その基準が、講座の度にバージョンアップしているのです。
そして、無意識の自動化の素晴らしさは、その基準の段階ごとの違いに合わせて、身体の総体をまるごと組み換えてくれることです。

これは例を用いて言うと、カジュアルで映画オタクのA君とデートするときは、ジーパンにナイロンのバッグの中に蓮見重彦の本を忍ばせて衒学趣味的な会話になり、
金融関係に努めるB君とは、セクシーなキャリアウーマン風のファッションで世界のマーケティング状況を話す、
というように、対する相手に合わせて、外見やお話の内容といった総体が自動的に組み変わる、ということです。
(あれっ、例えが悪いかな?)

それは、なにより人間の持つ能力の素晴らしさなのだと思います!
失恋すれば、世界はとたんに灰色の虚無的なものに変わり
新しい恋に夢中になれば、世界はカラフルに変容し、誰に対しても笑顔になれる自分がいる。
ちょっとした要素が、自分が体験する世界の総体をまるごと変えてしまう。

世界はもともと、完全なものとしてあるのかもしれない。
しかし、完全なものと気づくことができるかどうかは、自分次第です。
世界をどう味わうかは、なにを基準として観るか、という意識次第です。

お父さんが、パソコンを使えるようになっても、使えなくても、お父さんの経験する世界は完全なものとしてある。
どちらがいいか悪いかではなく、どちらも等分なものとして、多次元的にお父さんの眼前に世界はある。
そこで、「パソコンをやろう」という父の積極的な意志で、父は世界をチョイスして体験することができる。
その、自分自身の世界をつかみ取っていこうという意志は、どんなものであれ素晴らしい。

トランスは、そういった意志が身体と世界を積極的に変えることができる、ということをまざまざと体験できます。

「論理が真理より先にあるのではない。真理がどういうものか説明するために論理を使うのだ」
とは、院長の言葉。

わたしが体験する世界が、論理を超えて真理なのだ―。
お父さん、気づかせてくれてありがとう。わたしも進化します。
 

Posted at 2010年01月26日 03時09分55秒  /  コメント( 0 )  /  トラックバック( 0 )

ネコ(派)       アヤ美容整体師




         自宅の愛猫ミーちゃん

私はネコ(派)、人に懐くより場に懐く。

前はもっと他人の事や言葉、雰囲気を気にして上手く身動きが取れないことがありましたが、今は自分に集中することが出来てきたので場がより楽しくなりました。

仕事の場も
講座の場も
バスケの場も
サルサの場も
自宅での場も
一人での場も
母という場も
女性という場も

量子場調整でイメージという場を創って、その時その場に意識を向けて行動すると、後から素晴らしい結果がついて来ているものです。
もしそうでなかったとしても、次回に違う方向性にできる課題ができたのでしょう。

だから思うことがあります。

もう少し場に集中してみましょう!

一ヶ月に一度しかない講座の時間場に集中してみましょう!

一日の2時間しかないバスケの練習時間集中してみましょう!

一週間に一度しか会わない時間その場に集中してみましょう!

”今日一日が素晴らしくあるようにバランスを以って影響している!”(トランスの使い方)

その場の設定をしただけで広い道が開かれる。
あとは集中して行動するだけ。

∽∽∽∽∽∽∽∽

これは年末に下書きしていたものでしたが、年頭に場に集中することができなくてちょっとした言い合いが発生し、自分が納得するまで眠らせて起きました。

私が創り出した現実で仕方がないことだけど、状況や立場が積み重なったこともあり、私の言い分も主張ておきたかったので良しとしよう!と勝手に終了しました。

もちろん次に向かう方向性も修正してみました。あの時素直でなかったな、と思ったのでもっと素直に表現しようとか、言い方をもう少し配慮して変えてみようetc

おかげで尾を引くこともなく、講座や銀座とひろ子さん3daysもしっかり確認できたので、素晴らしい日々になっております。

小中学生の卒業文集に「自分に正直に」 や 「何事にも全力投球でぶつかって行こう!」と書いたことを覚えていますが、今でもあまりに過ぎてしまって引かれてしまうかもしれません(笑)

最近一段と眠れてしまっています。ネコまっしぐらなのでしょうか。
今年はライオンくらいに進化してみようかな。
 

Posted at 2010年01月25日 00時26分06秒  /  コメント( 0 )  /  トラックバック( 0 )