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旅先のお話。

中国地方の旅 〜6日目の夜神楽鑑賞&7日目の帰路〜

こんにちは!

E-ori's5 NAILPRODUCE(イオリズファイブネイルプロデュース)です。









本日もとてもいいお天気ですね。
これから雪が降る季節になるので、このような太陽が出て暖かい日はお布団を干したいなぁと思います。

干したいのですが、陽が落ちる前に取り込んでくれる方がいないので毎回お仕事の日は残念な気になります。

せめて今度のお休みにこんな陽気になってくれ!、と願うのですが曇り空や雨になってしまう事が多いです。。。

まぁ、お仕事の日にお客様の足を煩わせてしまうお天気にならなくてすんでいるので、それはそれでいいのですけど。

そんなジレンマを、本日の良いお天気の中感じています(笑)


さて、こちらのブログですが先日もちょこっとお話致しましたが、少しリニューアル致します。
それに伴って、切りの良い日付で新しいブログページにお引越ししたいと思っているのですが、そうなってしまうと先月の旅行のしかももう最終話だけが飛んでしまうので、急ぎ本日書いてしまおうと思います!

本日で最後となりますので、よろしければお楽しみください🎶



 愧羚饕亙の旅 〜1日目〜』
◆愧羚饕亙の旅 〜2日目〜』
➂『中国地方の旅 〜3日目〜』
ぁ愧羚饕亙の旅 〜4日目〜』
ァ愧羚饕亙の旅 〜5日目〜』
Α愧羚饕亙の旅 〜6日目・出雲國神仏霊場巡り〜』

それぞれクリックして下さい。



島根県最後の夜は、夕方18時頃に無事、今回のミッションと化していた『出雲國神仏霊場巡り』を全て廻る事ができました。

ここで少しおさらいさせて下さい。


今回廻りました20ヵ所の霊場は、

(写真上でクリックしますと大きくなります)
このように、島根・鳥取に点在しておりました。



(写真上でクリックしますと大きくなります)
この20ヵ所になります。



(写真上でクリックしますと大きくなります)
ご興味がございましたら、『出雲國神仏霊場巡り』についての詳細をこちらでご覧下さい。

上記の真ん中にある、各霊場で御朱印と一緒に頂くご縁珠も今回頂いておりますのでご縁珠は’ご縁珠むすび’として繋げて頂き、お札は巡拝掛け軸に仕上げて頂こうと思います。

きっと素敵な物に生まれ変わると思います☆
出来上がって参りましたらまたご紹介させて下さいね!



『出雲國神仏霊場巡り』を夕方18時頃には終わる事ができたので、次はこの旅の間にコンビニで見付けてしまった、大好きな夜神楽を見に、島根をまたひた走り目的地まで向かいました。


(写真上でクリックしますと大きくなります)
地図上で表しますとこのような距離。
島根県は横に長くて広いのです!

高速を使い1時間以上かけて、大田市にあります温泉津温泉へ。



その温泉街の中にあります龍御前神社(たつのごぜんじんじゃ)で、’石見神楽’を見に行きました♪

開演が20時でしたが、少し早く着いてしまいましたので車内で少し休憩を。
もうね、とにかくお腹は空いていましたし、足は疲れているし、ずっと時間に追われてのミッションでしたので、そろそろゆっくりしたいところでした。

そして、夜神楽を堪能!


夜の神社にさえ入った事がありませんし、更に神社の建物の中で行われるので、始まる前からもうテンションMAXでした♪



今年の元旦早々に京都にあります全国の八幡さんの総本山、石清水八幡宮を参拝して今年を始めていますので、とても嬉しかったです、
八幡宮のご祭神である、八幡麻呂にまつわる演目が見られました♪

写真で伝えられないのがとても残念ですが、動きが江頭2:50にどことなく似ていて何だか私は面白かったです!



そして最後の演目、大好き須佐之男命(すさのおのみこと)が大蛇を退治するというお話’大蛇’でした!

本来8頭ある大蛇ですが、演目前に、「舞台の関係上、今回はその半分の4頭となりますので、ご理解下さい」と説明され笑いが起きていました。

それにしてもよく出来た大蛇で、これは和紙で作られているとか。

その大蛇を上手に操り、限られた動きの中で蛇の動きを本当によく表現されていました。

小さい頃、ヒーローもののアニメやアイドルシンガーを見ていた憧れがこの年になって甦ったようで、
舞台で舞う須佐之男命(すさのおのみこと)に私の目は❤マークでした!

黒々したお鬚とか、「黄疸ですか?」と尋ねたくなる黄色い目はタイプではありませんが(苦笑)、勇姿と神々しさと、凛々しさがもうたまらなかったです❤❤

本当のお姿はどんなんだったんだろうと、更に興味を深めてしまいました。


最後、心憎いサービスをして頂き、大蛇と記念撮影会が行われました!

もう、最高の夜となったのは言うまでもありません❤


この後、また1時間以上かけて松江まで帰り夕食を済ませると、翌日の出発の為に荷物をまとめたりして過ごしました。

それにしても最後の夜なのに、何を頂いたのか思い出せません。
時間も遅かったし疲れていたので、思い出に残るお料理を食べなかったのかも。。。


そして翌日、午前中にホテルをチェックアウトし空港でお土産を買ったり、

やっと最後に、空港内で鰻定食を頂く事ができました!


そして帰りの機内では行きと同じ、また富士山の頭を見る事ができました。

なかなか富士山を見られる航路って通らないですよ。
なのに今回は行きも帰りも見られましたでLuckyでした☆


−−END−−

Posted at 2015年11月04日 15時54分55秒  /  コメント( 0 )

中国地方の旅 〜6日目・出雲國神仏霊場巡り〜

こんにちは!

E-ori's5 NAILPRODUCE(イオリズファイブネイルプロデュース)です。









昨日はとても暖かい日でしたが、本日はお日様の姿が少し弱いようですね。
日に日に冬らしくなってきて、我が家もまだ早いと思っておりましたが、とうとうストーブを点火してしまいましたよ!

一緒に乾燥する季節も到来してきますね。。。

ヘア&スキン&ハンドケア、特に保湿は頑張らないとですね。



さて、9月末から今月最初まで行っておりました中国地方の旅のお話し、本日で最後となっております。

寺社仏閣巡りや、御朱印、また夜神楽にご興味がございましたらぜひご覧頂けれと思います!

ブログから皆様へ幸せパワーが届きますように☆


 愧羚饕亙の旅 〜1日目〜』
◆愧羚饕亙の旅 〜2日目〜』
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島根最後の滞在となった10/3、この日は早起きしました。

最終日もやっぱりお着物で❤

最終日のお着物は、オフホワイトの絣風の紬のお着物を着ました。

半襟を白地に赤いハートがプリントされたものを合わせて、帯は半幅帯をいつも通り2種類合わせをしています!

ブルー系の半幅帯に、甘すぎないピンクの薔薇色の兵児帯を下に入れ込み、表に出したブルーの半幅帯の上下にその兵児帯を覗かせてみました。

そしてそして遊び心を添えるのも忘れてはいけません♪
バイオレット×ブラックのゴムベルトを帯締めとして使い、グッと普段着お洒落お着物感が出ました!



9:30頃、
この日最初の寺社巡りの時に撮った後ろ姿です。

木々とお着物って、何でこんなに合うんでしょうね❤


『出雲國神仏霊場』 月照寺 5番札所

こちらはとにかく、敷地が広くその敷地内あちこちに見所があるお寺さんといった印象でした。
松江城藩主、松平家の墓所と、松平家9代までの各廟所がありました。



こちらが『出雲國神仏霊場』時に頂く御朱印です。



『出雲國神仏霊場』 賣布神社 6番札所

賣布(めふ)とは海藻や草木の豊穣を意味しており、日本の国土に樹種を播かれたとされる神々様がお祀りされています。



こちらが『出雲國神仏霊場』時に頂く御朱印です。



『出雲國神仏霊場』 平濱八幡宮・武内神社 13番札所

京都にあります、石清水八幡宮の別宮として天永2年(1111年)大政官の命を受けて、陰陽寮においてごご遷宮の日時を占ったことが石清水文書にみられるそうで、出雲国最古の八幡宮と言われているそうです。

武内神社と八幡宮が隣り合って鎮座している場所です。


後ろに捺印される朱印が2種類ありますね!

こちらが『出雲國神仏霊場』時に頂く御朱印です。



正午頃、この日は今回の大きい目的でありますお墓参りをしました。

お線香を持っています。

本州のお墓の印象は坂があるイメージ、沖縄のお墓は足場が悪くてハブに注意というイメージです(笑)


無事にお墓参りも済んだ後は、大好きな八重垣さんに行きました♪

『出雲國神仏霊場』 八重垣神社 14番札所

とにかくこちらも、島根に来るとよく訪れる神社です。
大好きなご祭神がお祀りされている事もあり、また、神様が新婚生活を始めた場所として、結婚式発祥の地とされています。

ここへ来ると、女性らしい優しい雰囲気を浴びる気がするので女子力アップにはオススメしたい場所です!



こちらはいつも頂く通常の御朱印です。
左が八重垣さんの御朱印帳です。



こちらが『出雲國神仏霊場』時に頂く御朱印です。



『出雲國神仏霊場』 熊野大社 15番札所

古来出雲国の一宮として知られているお社なんだそうです。

朱赤の八雲橋がとても綺麗でした。



こちらが『出雲國神仏霊場』時に頂く御朱印です。



『出雲國神仏霊場』 須我神社 16番札所

私が大好きな須佐之男命(すさのおのみこと)は八岐大蛇を退治した後、妻の稲田比売命(いなだひめのみこと)とともに住む土地を探し、当地に来て「気分がすがすがしくなった」として「須賀」と命名したそうです。
そしてここに宮殿を建てられた事により、これが日本初の宮殿ということで「日本初之宮」と呼ばれるようになったり、この時に須佐之男命が詠んだ歌が日本初の和歌ということで、「和歌発祥の地」とされているようです。



こちらが『出雲國神仏霊場』時に頂く御朱印です。



『出雲國神仏霊場』 峰寺 17番札所

お堂の中にも入れたので、写真を一緒に撮らせて頂いたりしました。

ランチタイムも過ぎましたが朝から何も食べておらず、この時14:30頃になっていて、疲れもピークになってきていました。。。



こちらが『出雲國神仏霊場』時に頂く御朱印です。



『出雲國神仏霊場』 須佐神社 18番札所

はい、こちらも島根に来ますとよく訪ねております、大好きな須佐神社です。

皆さま、先程からちょこちょこ登場しております、須佐之男命(すさのおのみこと)はご存知でしょうか?

天照大神の弟神ですが、また荒神として数々の素行の悪さから太陽神の天照大神が困り果てて天岩戸にお隠れになってしまい、日本中が闇一色になってしまったそうです。
農作物は育たず、飢饉に陥り、疫病は流行り、様々な禍(まが)が発生したようです。

(その後、太陽神の天照大神さんは岩戸から出ます!)

そこで高天原を追放された須佐之男命(すさのおのみこと)さんは、出雲の鳥髪山(現在の船通山)へ降り立ち、その地を荒らしていた巨大な怪物八岐大蛇の生贄にされそうになっていた美しい少女櫛名田比売(奇稲田姫・くしなだひめ)と出会い、見事に退治して結婚するというエピソードを持つ神様です。

この須佐神社は唯一、須佐之男命(すさのおのみこと)の御魂を祀る神社で、沢山の著名な方が屈指のパワースポットと伝えていますよね。

私もここは初めて訪れた時からちょっと特別な気がしていました。

荒ぶる神として厄介者扱いされていましたが、一転、八岐大蛇を退治して英雄になるなんて、人間に近くて親近感が沸きます♪

人間は、日々の生活の中で落ち込む事や辛い事が沢山ありますが、特にそんな時はこの須佐神社を訪れて元気を頂きたいと思います!



こちらはいつも頂く通常の御朱印です。



こちらが『出雲國神仏霊場』時に頂く御朱印です。



『出雲國神仏霊場』 出雲大社 1番札所

はい、今回初っ端凡ミスで通常の御朱印を頂いてしまった(頂き方を知らなかった)為に、最後にまた訪れる事になった出雲大社さんです。

いつ来ても人が大型観光バスも沢山停まっていて賑わっています。



こちらが『出雲國神仏霊場』時に頂く御朱印です。
やっと頂けました!!


17時前、この出雲大社を訪れる事ができたので、やっとやっと無事にコンプリート出来ました☆

…という事で、朝から何も食べていなかったので出雲大社近くで出雲そばを頂き、この後2時間弱かけて、週末だけ夜神楽が催されていると聞きましたので温泉津温泉地までビューン!と行きました!


それにしましても、島根は何度訪れても魅力のある土地です❤
いつか、須佐之男命(すさのおのみこと)の痕跡を探す旅をしたいと思っています。

八岐大蛇がのたうち回って出来た水路でしたか、そんなものもあるようなので。

それにしても、神話のロマンが満載の島根ですが、この頃、日本人の寺社仏閣のイメージが変わりつつあるようで、昔は神有月は1ヶ月間島根のあちこちで催事が行われていたそうですが、今では費用もかかるし、神有月の1ヶ月間は音もたてないように静かに過ごし、またお肉やお魚は殺生してはいけない為食べる事は許されず、外出もできない事から近隣から苦情があり、今では簡略化されて、ヵ所ヵ所でお祭りを執り行うようにして神有月に八百万の神様方をお招きし、1ヵ所でのお祭りを短くしているんだそうです。

なので神々様には、お祭りが行われている場所に移動して頂くのだとか!

確かに大変なお約束事だと思いますので仕方がないと思いますが、昔々から伝えられてきた習慣や風習は出来るだけ出来る事なら、その姿を留めて残してほしいなと思います。

私はお寺さんの事はよく分からないのでここでは神社に限って書かせて頂きますが、神社は本当に相性が合う神社さんに巡り合えたら、沢山のパワーを頂けると思います。

生きて行くのは大変な事ですが、それを乗り越えるための力を頂いたり、厄を落としてもらって鳥居を出る頃には一皮剥けて帰るような気がします!

最近、だから私は元気に楽しく日々暮らさせて頂いているのかな、と感じています☆

皆様も、ぜひ、日本の神様巡りオススメします!
海外のパワースポットもいいですが、まずは日本人は日本の神様を巡ってほしいなと
個人的に思ってしまいます。



この後のお話はまた後程!!


〜To be continued〜

Posted at 2015年10月29日 15時52分38秒  /  コメント( 0 )

中国地方の旅 〜5日目〜

こんばんは!

E-ori's5 NAILPRODUCE(イオリズファイブネイルプロデュース)です。








実は只今、ブログをメンテナンス中なのです。
時代とともにデジタル広告の発信法も形式も随分と変わってしまい、数年前からタブレットを持つようになってから、「PCを持ち運ばなくても全てタブレットから更新できればいいな」と思い始め、数ヶ月前からはブログの画像も容量が一杯になってきたので、思い切ってメンテナンスをする事にしました!

ブログの画像が一杯にならなければもう少し先延ばしにしても良かったのですが、潮時だったようです。

もう少ししますと皆様にもリニューアルしたブログをご覧頂けるかと思いますので、楽しみにお待ち頂ければと思います!


さて、そのブログのメンテナンスと並行している為、画像が多い記事の更新がどうしてもスローペースになってしまうので、このシリーズもなかなか続きがサクサクいかなくて申し訳ございません。

では早速続きです!


 愧羚饕亙の旅 〜1日目〜』
◆愧羚饕亙の旅 〜2日目〜』
➂『中国地方の旅 〜3日目〜』
ぁ愧羚饕亙の旅 〜4日目〜』

それぞれクリックして下さい。

いよいよ、終盤になってきて、『出雲國神仏霊場』巡りもこの日に頑張らなければコンプリートが厳しいという事で、午前中に起きて出掛けました。

今回の寺社巡りは絶対お着物で訪ねたかったので、この日、お着物を着ましたよ♪

ネイビー×朱赤の市松柄に、半衿はクリーム地にブルー&茶&水色などのラインが入ったもの、帯はカラフルなトンボが入った夏用帯に、山吹色にオレンジのトンボが入った帯揚げを合わせ、帯締めにはブラック×赤にシルバーラメの入った物を合わせました。

島根もまだまだ暑かったのですが、10月ともなれば秋らしさを取り入れたかったので色合いも柄も秋色にまとめました♪


この日はお太鼓結びをしています。
移動で車に座っている事が多いと、お太鼓結びの方が楽ですね。



10:30頃の宍道湖です。

ちょっと曇り気味で、暑過ぎずちょうどいいお天気でした。


この日最初に参拝した場所は…
『出雲國神仏霊場』 一畑時(一畑薬師) 3番札所

ここは、目にご利益があるとされるところなので、ネイリストというお仕事は目を酷使するお仕事ですので、島根に来ると何度か訪れています。

初めて参った時、十六羅漢像が圧巻だった印象が今でも残っており、今も特別な場所の1つです。

十六羅漢像にはあのアニメに出てくる、’レレレのおじさん’のモデルになった方がおられるようで、一畑さんの羅漢像には、その方のところにその説明書きが添えられています。

何だか、グッと身近に感じますよね!


ご参拝して御朱印を頂きました。



こちらはいつも頂く通常の御朱印です。
左が一畑さんの御朱印帳です。


そしてこちらが『出雲國神仏霊場』時に頂く御朱印です。


『出雲國神仏霊場』 佐太神社 4番札所

今回、宮司さんに御朱印を頂いた際にお聞きしたのですが、今月10月は八百万の神々様が全国からこの出雲に参られる事で、昔から出雲は’神無月’とは逆に、’神有月’と呼ばれているのですが、何と何とここ佐太神社さんには、更に、親神である伊弉冉尊(いざなみのみこと)が祀られている事から「神在の社」(かみありのやしろ)と広く信仰を集めてきたとか!!!!!

伺うまで知りませんでしたが、この神社をお参りするとマンパワーを授けて頂ける気がしました☆
また1つ、島根に来たら訪れようと思える神社さんに出会えました❤

全国の神様が親神様の伊弉冉尊(いざなみのみこと)を参りに来るので、神有月と呼ばれる頃、最初に神様方がおいでになる場所なんだそうですよ!

同じ地に立っていると思と、もう考えただけでもパワースポットの何物でもないとしか言いようがありませんね★

ついでに補足ですが、宮司さん曰く、「10月は島根一帯は神有月となりますが、実はこれ、昔は旧暦だったので今の暦でいうともう少し先になるんですよ」との事でした。

なので、神有月は、11月に入った頃となりますね。
ずっと10月の神有月に島根に行きたいと思っていました。

神様とすれ違ったりする事があるかもしれないと!

なのに…旧暦で来なきゃいけないようでした(涙)


こちらが『出雲國神仏霊場』時に頂く御朱印です。



『出雲國神仏霊場』 華蔵寺 7番札所

山の上にあったので結構登るのが大変でした!

こちらへ参った時は13時をまわっていましたが、ランチも頂かずノンストップでお参りをしました。



こちらが『出雲國神仏霊場』時に頂く御朱印です。



『出雲國神仏霊場』 美保神社 8番札所

こちらの美保神社さんにも以前に参拝に来ています。
海のすぐ近くにあるので風が強く吹く場所です。

事代主神(えびす様)の総本宮です。
出雲神話の国譲りの段で、御父神の大国主神さんから大変重要な判断を委ねられた尊い神様で知られていますね。



こちらはいつも頂く通常の御朱印です。



こちらが『出雲國神仏霊場』時に頂く御朱印です。



『出雲國神仏霊場』 大山寺 10番札所

こちらも山間にあるお寺さんで、住所としましては鳥取県になります。
この頃、空腹と時間との戦いで急いでいる疲れと、歩き疲れがピークに達していましたね。。。



こちらが『出雲國神仏霊場』時に頂く御朱印です。


『出雲國神仏霊場』 大神山神社 9番札所

こちらは大山寺とすぐ隣に位置する場所ですが、探しにくかったです。

しかも、お寺さんの方が人を拒むような険しい山頂にあったりするのですが、この大神山神社はかっなり石畳の坂や階段を上って行かなきゃいけなくて大変でした。



前日は雨が降ったのでぬかるんでいるし、下駄は固くてクッション性が皆無なので滑るので、歩くのが本当に大変でした!



こちらが『出雲國神仏霊場』時に頂く御朱印です。


『出雲國神仏霊場』 雲樹寺 12番札所

境内が広くてとても静かできれいな場所でした。

この辺りから時間が閉門ギリギリの時間になってきており、この日予定していた数を巡らないとコンプリートが厳しくなるので、もう駆け足状態でした…。


こちらが『出雲國神仏霊場』時に頂く御朱印です。



『出雲國神仏霊場』 清水寺 11番札所

この日最後に参拝した場所です。
18時頃でしたので、どうにか予定通り廻れたところでした。

時間も遅くなっていたので境内には人はおりませんでした。



こちらが『出雲國神仏霊場』時に頂く御朱印です。

ここ島根ではウナギが有名らしいのでランチに頂こうと思っていたのですが、全くそんな時間さえ作れず、今回の島根探訪はコンプリートが最優先されました(苦笑)


そしてこの日の夜は、機内誌で紹介されていたので松江城のライトアップを見に行きました!

国宝をお祝いする特別イベントが10月末まで開催されていたので、幻想的な松江城を見る事ができました♪


そして夜は、、、

美味しい日本海の幸や、松江牛を頂きましたよ♪

そしてこの日も早々にホテルへ戻り、最終コンプリートの為に早く休みました。。。


〜To be continued〜

Posted at 2015年10月26日 18時35分22秒  /  コメント( 0 )

中国地方の旅 〜4日目〜

こんばんは!

E-ori's5 NAILPRODUCE(イオリズファイブネイルプロデュース)です。





なかなか旅のお話が進まず申し訳ありません。
早速続きです!


 愧羚饕亙の旅 〜1日目〜』
◆愧羚饕亙の旅 〜2日目〜』
➂『中国地方の旅 〜3日目〜』

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いよいよ後半になってきました中国地方の旅、10/1のこの日は移動の疲れもあったり、お天気も予報では雨だったので少しゆっくり目に起床。

出発準備をし、出てみると案の定かなりのどしゃ降りでした。
この日から『出雲國神仏霊場』巡りをして、コンプリートする予定があったので、かなりテンションダダ下がりのスタートでした。

取り合えず島根に来ましたら頂いとかなきゃいけない、出雲そばを食べに、

’荒木屋’さんに行きました。

かなり行列を成すお店と情報が入っていたのですが、この日は雨でしたから比較的すぐ入れました。
でも2Fまである店内はお客さんが常に一杯でした。

こちらの縁結びセットはおしるこ・おみくじも付いてお得でしたよ♪
出雲そば、本当に美味しかったです❤


朝食兼ランチを食べて終えて、どうしようか、、、とお店を出るとなんと晴れているではないですか!

雲の切れ間からは陽も出ています!

そうなったら、目の前の出雲大社から参拝開始!、と、『出雲國神仏霊場』は出雲さんからスタートしました!!



お天気も回復して喜び勇んで参拝し頂いた御朱印ですが、
…何と凡ミスをしてしまい。。。

本来は「『出雲國神仏霊場』巡りをしていますので御朱印を下さい』と言えばいいのですが、御朱印って1つの場所に色々種類があると知らなかったので通常の御朱印を頂いてしまいました。

後日、出雲さんはまた訪れなきゃいけない事になりました(笑)



こちらが、いつも頂く出雲さんの御朱印です。


『出雲國神仏霊場』 鰐淵寺 2番札所

鰐淵寺(がくえんじ)は、島根県出雲市にある天台宗の寺院です。
緑豊かな山奥にありましたので、秋になると紅葉がとても綺麗なんだろうな、と想像できる静かな場所にありました。

とにかく石段が続くので、雨上がりの濡れている石段をハイヒールで上り下りするのは大変でした。



裏には滝がありとても素晴らしいようでしたが、「今日は雨が降って水嵩もあるし道も濡れていて滑るのでご旅行中ともあれば次回の方がよろしいでしょう」という事で今回は訪ねませんでした。

11月に紅葉も見ながらまた訪ねてみたいです☆



鰐淵寺で頂きました御朱印です。

ここで初めて、御朱印と一緒に縁珠という木でできた球も頂く事を知りました。


『出雲國神仏霊場』 日御碕神社 20番札所

日御碕神社(ひのみさくじんじゃ)は島根半島の西端に位置し、神の宮に素盞嗚尊(すさのおのみこと)、日沈宮に天照大御神(あまてらすおおみかみ)をお祀りしている神社です。

朱色の建物がとても印象的でした。

海がすぐそこにあるからか、とても風が強かったです。



日御碕神社の御朱印です。


『出雲國神仏霊場』 長浜神社 19番札所

出雲神話の冒頭に出てくる’国引き神話’は、海の向こうの土地に綱をひっかけて引き寄せて国土生成するというお話ですが、その国引きの綱の’薗の長濱’の地に、この長浜神社は鎮座しているという事です。

海の向こうの土地に綱をかけて引き寄せて大地を生成して造られた事から、綱引きの祖、スポーツ上達・不動産守護の神様としてご利益があるそうです。


ソフトバンクのCMでも登場したそうで、
『全国的な大社さんの大国主神の祖父神を祀る島根の命名者のお宮を取り上げる必要があったのが選ばれた理由』
だそうです。



長浜神社の御朱印です。


さてさて、今回から始めたこの『出雲國神仏霊場』、

↑このように島根と鳥取に点在している寺社を巡り、御朱印を集めるというものですが、本当に広く点在しているので大変でした。

『出雲國神仏霊場』は、初めて寺社を混合で参拝する札所として作られた場所と聞いています。私は特に神社が好きで、死んだ時は神社葬にしてほしいと思っているほどですが、時々はお寺さんにも参拝させて頂きます。

ただこのような混合の札所は本当に珍しいと思います。

『出雲國神仏霊場』の詳細はこちらをクリックしてください。
初日のこの日は午前中が雨だった事で完全に潰れちゃいましたから、お天気に恵まれないと今回でコンプリートできなくなるわけです。

移動に移動を重ね、汗をかきながらぬかるんだ急な石段を「これでもかっ」というくらい上がり、参拝する、

趣味が健康にも繋がっていますし、達成感はありますし、何より寺社巡りは心身ともに充電ができますので良い事尽くめです❤


この日はギリギリ閉門時間まで4ヶ所参拝できました。

っが、最初に行った出雲さんは後にまた行かなきゃいけない事がこの翌日判明しました(泣)

参拝後、島根で宿泊するホテルにチェックインし、夜は松江駅の居酒屋さんで美味しい日本海と宍道湖の幸を頂き翌日から本格始動になるので早々に休みました。



〜To be continued〜

Posted at 2015年10月20日 21時36分30秒  /  コメント( 0 )

中国地方の旅 〜3日目〜

こんばんは!

E-ori's5 NAILPRODUCE(イオリズファイブネイルプロデュース)です。









本日は台風一過と申しましょうか風が強い1日でしたね。
本日ご来店頂いた士幌からいらっしゃいましたお客様が、「士幌は電柱が倒れたり大木が倒れて通行止めになっていましたよ」と教えて頂いたのですが…

北海道は広いと申しますか、
帯広は本当に災害が少なくて恵まれている土地と申しますか、
今回大荒れになった道東エリアとして含まれていますが、今日の天気予報なんて時間毎の天気予報には太陽マークが唯一ついていましたからね。

帯広という地形に本当に感謝です。

こちらを読んで下さっております皆様は、大丈夫でしたでしょうか。
この度、災害に遭われました皆さまには、心からお見舞い申し上げます。



ーさて、9月末から最近まで行っていました中国地方の旅のお話をしていきたいと思います。
今回も沢山の方に考えてほしいので長文になりますがお読み頂きたいと思います。


 愧羚饕亙の旅 〜1日目〜』
◆愧羚饕亙の旅 〜2日目〜』

それぞれクリックして下さい。



いよいよ折り返しになった中国地方の旅、広島滞在も9/30が最後となりました。
この日は予め予約をしていた、朝から平和学習のガイドさんに色々ご案内頂こうと、平和記念公園内で待ち合わせました。

私にとっては貴重なお休みなのと、歴史物を訪ねる時はお着物を着たくなるのです。

連日(私にとっては)猛暑のような暑さの広島、予想通りでしたので今回のお着物は、夏着の透けたお着物と夏用の襦袢を着ました。

でも汗をかくとお着物を脱いだ時に紐の跡が痒くなるので毎回それが悩みだったのですが、今回広島でお着物屋さんに行った時に、汗を吸ってくれる肌着を購入できたので、これがかなり重宝しました♪


広島での最後のお着物は、ブルー地にミントグリーンのラインがダイヤのように入っている柄に、半襟は涼やかに白地にワインレッドや茶色の四角い形がプリントされている半襟を入れました。



帯は単位帯のエンジカラーにネイビーブルーのボーダーが入った帯に、赤×白の千鳥格子の帯揚げ、レースのベージュのゴムベルトを帯締として使いました。

帯揚げの結び方、バリエーションがほしいなと思います。



変形銀座結びです。
ポヨンとなるこのふんわり感が好きです❤


今回泊まったホテルから歩いてすぐの所に平和記念公園がありました。

平和大橋から向こうに見える原爆ドームです。

ここから見ても広島って、川がある素敵なところですよね。
これが原子爆弾を投下する条件の1つになるなんて。。。


平和学習ガイドさんとは、無事に資料館前でお会いできました。
何と奇遇にもガイドさんはお父様が沖縄の方で、しかも沖縄の方なら誰でも知っている護佐丸(ごさまる)の末裔らしく、しかも私の実家がある現豊見城市の総地頭を務めた毛氏豊見城殿内の元祖なんだとか!

後で両親に話したら、「毛が立ってきたさぁ〜!」と母は人の呼び寄せる縁を驚いていました(笑)

そんなガイドさんですが、生まれも育ちも広島っ子だという事で、沖縄の血が流れているというところでの親しみやすさと、地元っ子という事で色々聞かせて頂けると期待に胸が膨らみました!



最初は公園内にある慰霊碑を説明しながら見せてくれました。

その中に、無縁仏をお祀りしている原爆供養塔があったのですがその横に、この無縁仏が特定された方のお名前が一覧になって張り出されているものがあるのですが、戦後70年の間、引き取り手が現れる事はなく、記載されたお名前は減る事がないと説明を受けました。

沖縄には小さな瓦屋根のお家が昔の作りのままあるところがあって、その中にぽつんと板で簡素な作りのお仏壇のようなものを作り、その上に御香炉とチャーギと言ってお供えする木を入れた花瓶とお水を入れたコップだけでお位牌はないお家がいくつかあります。
聞くと、一家全滅したのでこのような形で供養されているとか。

広島もそんなお家があるんでしょうね、
ガイドさんは、「見てみると家族かなと思われる同じ苗字の方が多くいらっしゃる」と仰っておりました。

70年経っても…じゃなく、70年後の今も戦争の証は消えないのだと感じました。

私はもし死んだらお墓はいらないかなって思っている方なんです。
「私が死んだら絶対お墓のお守りしてね」と、死んでからお世話をしてもらうくらいなら、お婆ちゃんになって人手がほしい時に手をかけて目をかけてほしいなと思うので(笑)。
お墓に対して依存心はないのですが、ない私が引き取り手がなく70年経った今も個人は特定されているのに待ち人が来ない様子はとても切なくなりました。


公園内ではガイドさんが沢山ある慰霊碑を搔い摘んでご紹介頂いた後、周辺の被爆建物などもご案内頂きました。

後程またご説明しますが、爆弾は広島の原爆ドームに標準を合わせて落下されたそうですが風に流されて実は少し離れたところで炸裂したんだそうです。

皆さま、ご存知でしたか?

私は広島の原爆ドーム上で炸裂したと思っていましたが、違うんです。


こちら、戦中も病院で今もこの病院が立っているのですが、この島病院の頭上で爆発したんだそうです。



写真上でクリックすると大きくなりますので是非ご一読下さい。
この説明書きは病院の横にあります。

爆弾の投下日、幸い院長先生と1名の看護師さんは離れたところへ往診へ行っており難を逃れたそうです。

被爆後はこの後お話します、袋町国民学校の救護所で被爆者の救護活動に従事したそうです。

投下された後、「先生広島が大変なことになっている!」と一報を受け戻ってみると街も病院も無残な姿になっていた、とガイドさんに教えて頂きました。

人命救助の場である病院の真上で原子爆弾が炸裂するなんて、何という悲劇なんだとやるせない気持ちです。。。


次へ行ったのが、先日ご紹介しました本川小学校の次に爆心地から460mの至近距離で被災した袋町小学校へ連れて行って頂きました。

この’袋町小学校平和資料館’は、広島の中心街にあるんです。

知らずにホテルとお買い物街との間を往復した際に前を通っていたので、ガイドさんに連れて行って頂いた時、「こんなところに?!」とびっくりしました。

でもよく考えてみれば、広島の賑わった当時の市内が標的にされたわけですから、ここは街中だから被害は受けてなくて、ここは畑だから被害を受けた、というわけでは当たり前になくて、万遍なく被災し、一帯が焼け野原になっているんですよね。

爆弾から放たれた熱線と熱風は、街を焦土と化し三日三晩燃えたそうですし、ここ一帯が爆弾投下地から徒歩圏内なわけですから。

袋町小学校は当時の校舎の一部を資料館として残されています。
ここも当時では珍しい、鉄筋コンクリートの地下1階・地上3階の建物として造られたために耐える事ができ、原爆投下後は救護所として使われ、その後煤で黒くなった壁にわずかに残ったチョークで家族への安否確認のための伝言版として使われる場所でもあったそうです。

やがて、学校も復旧し校舎が改修されると、「伝言」は、黒板の裏に隠れたり、漆喰で塗り潰されたりして隠されてしまいましたが、資料館として残す時伝言が隠れている事を発見して今は伝言も見られるように展示されています。

伝言には、誰かに宛てて今いる住所などが書いてあったりしているのですが、これらの伝言達はどれくらいの数が宛先に届いたのかなと思いました。

こちらの袋町小学校は前日に訪ねた本川小学校の校舎と違い、明るい雰囲気でしたが、やっぱりここでも写真は撮れませんでした。

その後、アーケードの方へ行き、別の現存し使われている被爆建物を見せて頂きました。


’ANDERSEN’というモダンな建物のパン屋でした。

一時は、被爆地ヒロシマの象徴としてこの建物を残すか、原爆ドームを残すかの議論が交わされた建物だそうです。


元々は帝国銀行広島支店だったこの建物は、爆心地から360mで被爆しています。
天井や壁など大部分が崩壊したそうですが、地下の金庫は無事だったそうです。
銀行として営業を続けた後、1967年(昭和42年)にタカキベーカリーが建物を買い取ってリノベーションし、広島アンデルセンとしてオープンしたそうです。

今ではとても存在感があるおしゃれな建物になっており、地下2階、地上8階建てのショッピングフロアから、レストラン、パーティ会場までを備えています。
2002年(平成14年)に、被爆建物部分の耐震補強および全館改装を実施しているそうですが、2016年1月中旬からまた新たに改装工事に入り、2018年8月オープン予定という事だそうなので、その前に見られてよかったです。

被爆した状態を後世に残すように、傷んだ具合をそのままに、でも補修を時々してあげないとそもそも傷んでいるものを温存するわけですから手がかかって大変でしょうね。

でも、ぜひ被爆建物の1つとして残していってほしいなと思いました。

でも、この建物はお洒落なために、言われないと被爆建物と分らないです。
外壁の傷み具合も、これはこれでお洒落に見えますし。

実際私もどこが被爆して傷んでいるか分かりませんでした。

人々が賑やかに行き交う雑踏の中に被爆したこの建物が現代に馴染んでしまっているので、どれだけの人がこの建物が被爆建物だと分かるのかなと、足を止めることなく過ぎ去っていく人達を前にして、この建物はどれだけ被爆した痛みを訴えかけて、どれだけの人がそれを受け取ってあげられているのかなと、お洒落なだけに少しもの悲しさを感じました。

もう1度広島を訪れた際はぜひお店の中でお食事をしてみたいです。


午前中のガイドプランが終了し、美味しいお昼ご飯が頂ける場所までガイドさんに教えて頂き、私達は一旦お別れしました。



広島は穴子が有名という事で穴子尽くしの定食に、季節限定の栗ご飯の釜飯を頂きました♪

お腹が満たされた後は、平和資料館へ向かいました。



こちら、左後方に原爆ドームがある元安川沿いです。
進行方向に平和資料館があります。

午後になっても平和記念公園内には外国人の方も沢山いらっしゃっていました。



そして、原爆のシンボル、原爆ドームです。

原子爆弾は、南東約160m、高度約600mの位置で炸裂しています。

それにより、中にいた30人余りの人々は全員即死だったそうです。
原爆投下により建物内は熱線による火災で木材で作られた大部分は全焼したそうです。

やはり爆風が上から来ると、横から来るより鉄筋の建物は完全な崩壊は免れるんですね、原爆ドームも爆風がほとんど真上から働いたため、壁の一部は倒壊を免れる事ができドームの鉄枠と外壁が残り今に至るそうです。

当時の悲惨さを残しながらの修復は本当に大変なご苦労があると思いますが、
ずっとずっと後世に残り続けて核兵器廃絶を訴えてほしいですね。


そして原子爆弾がこの原爆ドームからどれだけ離れていたかですが、

こちらの写真で位置関係を少し説明しているのでクリックで大きくしてご覧下さい。

また併せてこちらもクリックしてご覧頂くと位置関係がより分かりやすいと思います。

上記の写真から右にもう少し進むと…

元安橋に出ます。
歩いてほんの数分です。

この橋の向こう側に先ほどご説明した島病院があるのです。
そこで原子爆弾は炸裂しました。

そして、今回広島へ行って知った事は被爆した建物が今も現役で使われている事です。
こちらも、先ほどご説明したアンデルセンの建物でもありますように、写真右側の’広島市観光案内所(平和記念公園レストハウス)’も現存する被爆建物で最も至近距離で被爆し、今も現役で使われている建物なのです。

今は、観光案内や観光地図、観光パンフレットなどの提供と広島のお土産ものやオリジナルグッズなどを扱う売店を備えています。

私も入りましたが自販機もあり、椅子もありますので休憩している観光客の方が多くいて、当時を思わせる面影は見つけられませんでした。

原爆投下の日、この建物には37名の方が勤務していたそうです。
たまたま地下の倉庫に書類を取りに行かれたお1人は、いつもはすぐに見つかる書類がこの日はいつもの場所になく探している時に爆弾が炸裂し、奇跡的に生き残ったそうです。

残りの方は原爆炸裂に伴う放射線と熱線・爆風のため、29名が即死し、即死を免れ建物を脱出できた8名はその後の消息は不明らしく、脱出後に急性放射線障害などで死亡したと推定されているそうです。

唯一生き残った方の証言が詳しく書いてある記事がありますので、こちらをクリックして併せてご覧下さい。



館内では、お仕事で接客中の方、思い思いに休まれている方、それを見ている私…
その様子を見ていて、
「あぁ、あの時もこんな風に何気ない日常だったんだろうなぁ。
私は今、原爆がさく裂した場所からすぐの所にいるから、もし当時ここにいたら私は骨さえ残せず死ぬんだろうな。
こんな何気ない日常を、何が起こったのか理解できないまま自分の姿も残せないで死んでいくって…」と今の平和からあまりにも想像できない情景に思い浮かぶ言葉もありませんでした。

でも、そういう事なんですよね、
まさかここに想像も絶する恐ろしい原子爆弾が落ちるなんて、当時誰が思ったでしょうか。

70年は経ちましても場所は同じで、被爆し現存する建物もあるので、ここを訪れた際はぜひ、当時に想いを馳せて、意味が分からないまま死んでいった人々の想いを想像してみて頂ければと思います。

もし原爆投下時、あなたがここにいたら、あなたは生き残れたと思いますか?


資料館は今、改築工事中と展示品を貸し出し中で展示物の数は少なかったそうですが、関係ありませんね、原爆の恐ろしさを伝えるには1点1点に強烈なインパクトがありますから十分でした。

今回で訪れるのは多分3回目かと思いますが、少しずつアップデートされる知識を持って訪れるので、毎回新鮮な気持ちで拝観できます。


資料館を見終わって原爆死没者慰霊碑から原爆ドームを臨んでいます。

沖縄の摩文仁にある国立沖縄戦没者墓苑は、沖縄戦で亡くなられた住民や軍人などのお遺骨が納められているので、私はてっきりこの平和公園内にもお遺骨を収集する場所があるのかと思っていたのですが、それは原爆供養塔のみでお遺骨はそれぞれご家族の元へ引き取られているので、慰霊碑にはお名前を書いた和紙が収められているんだそうです。

そっか、沖縄戦はそもそも軍民も入り混じり過ぎて、前線が移動する毎に人々も移動して、一家全滅したところも多くあるほどごちゃごちゃしてしまったけれど、広島は引き取り手がいらっしゃたんですよね、
同じ戦争でも沖縄戦とは本当に違うんだと感じました。

またガイドさんから教えて頂いたのですが、この原爆死没者慰霊碑には7名、広島の原爆で亡くなっていない方のお名前が収められているんだそうです。

何でだか分りますか?!

正解は、広島の方が長崎の原子爆弾が投下された時に居合わせてしまい亡くなったので、同じ原子爆弾で亡くなられたからという事で慰霊碑にお名前を連ねているそうです。

悲しい運命だわ、とほとほと思いました。
広島にいても被害に遭っていたかもしれず、なわけですよね。

奇跡的に助かった人、上記のように広島の方がわざわざ長崎で原子爆弾に遭い亡くなる人…
みんな同じはずなのに、運命を分けるボーダーラインって一体何なんだろうと考えてしまいます。



15時過ぎ、千羽鶴の慰霊碑の前でセレモニーがあるとガイドさんに誘って頂いたので、原爆の子の像の前に来ました。

ここは以前来た時は確か無かった、折り鶴を収めるボックスができていました。
ガイドさん曰く、心無い方が全国から寄せられる同じ年ごろの子供達が折りあげた祈りが込められた折り鶴を燃す人がいたので、今はガードするためにボックスを立てて中に収められるようになったんだとか。

燃やす人って、もう、何なんでしょうね、
全く理解できないからどうしてそんな事をするのか聞いてみたい。

この原爆の像の前では、修学旅行で訪れた学生達が色んなセレモニーをしていました。
聞いた事がない素敵な歌を歌っている学校もありましたが、あれは自分たちで作詞作曲したのかなぁ。
心に沁み入る歌でした。

その周りで外国人も日本人も沢山集まって聞いていましたよ。

ここを訪れた学生の皆さんが、心のどこかに戦争と平和について考える事をずっと留めてくれたらいいな、と思いました。


その後、ガイドさんと再会し沖縄の共通点もありますので少しお茶をしながら色々なお話させて頂き、お友達になりました!
「またお会いしましょう!」とお約束して、当初これで広島を離れる予定だったのですがガイドさんからご案内頂いた、大好きな神楽を広島最後の夜に締め括りました。


毎週水曜日にしているという広島の夜神楽は、広島県民文化センターで行われました。

上中調子神楽団という若い方々で構成されている神楽を見ました。





とても面白かったです。

数年前に宮崎の高千穂神社で夜神楽を見てから大好きになり、たまたま九州にいた時、各集落ごとに氏神様を神楽宿と呼ばれる民家や公民館にお招きする場に居合わせた事があります。
夜を徹して三十三番の神楽を一晩かけて奉納する、昔から継がれてきた厳かな神事はすぐに好きになりました♪

その神楽が広島でも見る事ができて嬉しかったです。

神事として奉納する夜神楽とは違い、広島の神楽は楽しんで見てもらうというテイストでした。

広島へ行った際、神楽に興味がありましたら、ぜひ行ってみて下さい。
詳細はこちらをクリックして下さい。




広島最後の夜、広島神楽の横断幕と。

神楽が終わったのは21時を過ぎていました。
ホテルに預けていた、でかくて重くなった荷物をピックアップしてこの後2時間以上かけて次の地、島根へ移動しました。


広島では今年戦後70年の節目として、戦争跡地を訪ねようと決めていました。
私は沖縄の人間ですので、人類史上類を見ない民間人が巻き込まれた激しい地上戦と称される沖縄戦が、私のルーツを辿った時どうしても避けられない事から、いつからか”戦争と平和”の均衡を考えるようになりました。

今、全てがそれなりに楽しく暮らしていけるのは平和があるからこそ、なんて当たり前の事には特に人は気付かないんですね。

今回の安保法案で沢山の方が抗議活動していましたよね。
選挙の投票率が芳しくないといわれているのに、政治に関心がなさそうな若い方達も、今あるこの平和が脅かさると危機を感じ、自分達の思考を訴えていましたよね。

でも、決まりかけてから行動するのはやっぱり少し遅いんですよ。
気付きはいつからでも大切だと思うのですが、物事が決まり進んでいくには初めの部分から考えて参加しなきゃいけないと思うのです。

この平和も当たり前ではないんですね、平和でいる事の努力と知恵と行動の上に成り立っているだけなのだと思います。

日本はつい70年前に、惨くて歴史に残る沖縄戦と、唯一の被爆を受けた場所が2つもある国ですので、私達はこれからもずっと、「この平和を続けていくために」考えなければいけないと思うのです。

未来を担うお子さん達に真実をしっかり伝えていき、平和でいるためにどうするべきかを考えてもらうように私達大人は沢山知って伝えていかなければいけないのではないかと思います。

平和は、当たり前にあるべきだけど当たり前じゃないという事、
その平和を願い祖国日本を命がけで守った私達の先輩方が若くして散っていかざるを得なかった背景には一体何があったのか。

今年は70年で夏には沢山の番組が戦争を特集していましたが、一過性の事とならないように、常に心のどこかに留めていければいいなぁと思いました。



〜To be continued〜

Posted at 2015年10月10日 00時19分17秒  /  コメント( 0 )

中国地方の旅 〜2日目〜

こんばんは!

E-ori's5 NAILPRODUCE(イオリズファイブネイルプロデュース)です。





一昨日の夜、無事に帯広に帰ってきました。

帯広に降り立つとあまりの寒さにびっくりしました!
1週間もいないと、こんなにも季節は変わるんですね。
今回行っておりました中国地方は最高気温が26℃になる日もありましたので、半袖に薄手の羽織物、
足元は着いて初日は帯広からのままの靴下を履いてパンプスで行動して汗をかいたので、サンダルや、お着物を着ましたので下駄という装いで通しました。

ですので、まだ夏着が主流で出ていますので、急いで衣替えをしなければいけません。




 愧羚饕亙の旅 〜1日目〜』

それぞれクリックして下さい。




2日目の29日(火)は呉へ向かいました。
その前に腹ごしらえ♪

前夜に行ったごはん屋さんでオススメされたラーメン屋さんへ行きましたよ。

尾道といえば、尾道ラーメンですよね♪
場所は、’東珍康(とんちんかん)’です。

駐車場が分かりにくく、分かったら今度は狭くて停められなかったので隣にあるコインパーキングに止めました。



オススメの尾道ラーメンです。
豚骨&醤油のスープは、沖縄そばのお出汁に似ていたのでとても懐かしく、美味しく頂きました♪

お腹を満たした後、造船の街、呉へ!

広島は、坂の街長崎のように勾配があるので、歩くとなかなかの運動になります。
この後、後に見えているお墓までいつもの事ですがハイヒールで行きました。

汗をかきかきお墓参りを終えた後は、広島市内へ移動しました。


途中の広島港、
造船場もありました。

戦中、呉はご存知の通り大型艦船の大和などを造っていたように軍港や造船場があったので、米軍の相当な攻撃を受けたようですが、市内は原爆投下までの日、小規模攻撃を数回受けただけだったようですので当日もいつものように仕事へ行ったり、子供たちは軍需作業に出掛けて行ったそうです。

戦中の事ですからね、たらればのお話は意味をなさないと思いますし、普段から攻撃を受ける事があれば備えられていたのか、という事も意味を成さないと思いますが。

とにかく、市内は戦時中にもかかわらず比較的穏やかだったんだそうですよ、
原爆投下までは。

それは米軍が核兵器という初の試みである原子爆弾の威力、付随するデータを収集するため、市内は攻撃されなかったとか。

また、広島が標的の候補になったのは市内を流れる幾多の川が投下前投下後と変化せず、また目印になるので各エリア毎に調査がしやすかったからだと、今回平和学習ガイドの方から伺いました。

色んな好条件が揃ってしまったんですね。


広島港を見ながら、ここからも戦艦が出て行ったりしたのかなぁと思いながら、この日はずっと行ってみたかったこちら、

’広島市立本川小学校’の平和資料館に行きました。

正門からすぐのところに受付がありますのでそこで記帳し、案内を受けて被災した校舎へ行きます。

本川小学校の校内に戦時中の『旧本川尋常高等小学校校舎』の一部が資料館として残されています。
皆様は、’はだしのゲン’という広島の原爆を描いた漫画はご存知ですか?
そこに出てくる「元川小学校」という学校は、この本川小学校がモデルになっているのです。



こちら、読めますでしょうか。
写真上でクリックして頂くと大きくなりますので是非ご一読ください。


こちらの本川小学校は昭和3年(1928年)、広島市内の公立小学校としては初の鉄筋コンクリート造3階建ての校舎として建設されたそうです。
爆心地から360mという至近距離で被爆したそうで、校長先生を始め教員、生徒の多くが亡くなっています。

今回、爆心地も訪ねてみましたがこの本川小学校とのあまりの近さは想像するのに余りあると思います。


入り口側の外壁の様子です。

色々修復されたりなどして今に至るのでしょうが、至近距離で被爆しても耐えてその佇まいを残し、当時の悲惨さを静かに物語る様に、何でしょうか、怖さを感じました。

被爆した建物に入れるって、考えてみて下さい、すごい事だと思いませんか?
館内に入ると当時にタイムトリップしたような感じに包まれます。

…ですので館内の写真は撮っていません。
この校舎と相対するのは、私は受け止められない気がしましたので。

校舎内をご覧になられたい場合は詳しく掲載してあります、こちらをクリックしてご覧下さい。

被爆した校舎には煤で黒く焦げた跡など当時の様子を伝える痕跡が残っているのですが、その生々しさや、
傷みが激しくて取り壊されたりなどした校舎の解体物を展示されている物がありましたが、その砂利の中には亡くなった方の骨も含まれていると記載されているものもありました。

また、地下室も見られるのですが、地下は私は特にとても怖く感じて、早く出たいと思う反面、せっかく来たのだからちゃんと見なきゃという葛藤があり、じっくりは見れませんでした。

一瞬で多くの人が亡くなった当時、沢山の人の血と涙が染み込んでいるでしょうし、また戦後70年間にメンテナンスもされているでしょうが、常軌を逸した時代も静かに見てきたのだと思うと、この建物を畏れ多く感じました。

もしかしたら、小さい子供たちが集まっていた場所、という観点からもまた違った悲しみがあるので写真は撮れなかったかもしれません。


こちらの資料館は、普通の小学校の校内にありますので、小学校がお休みの日や夜間は拝観できません。
また、学校内なので最低限のマナーをもって訪ねたいところです。



戦争のお話って、前にも触れましたがダークな内容だと思いますが、日本人は、稀に見る悲惨な地上戦が行われた沖縄戦や、人類史上初の原子爆弾を2つも投下されたのがこの日本にあるわけですから、特に直視し知らなければならないと思います。

興味が有る無しに関わらず、深く知る必要はないと思いますが、たった70年前に今、ここに立っている場所で何が起きたのか想像し、考える事で今ある平和は悠久の願いではありますが、必然な事ではないと理解し、平和でいられる事の有難さを改めて感じる事でこの平和を創造する努力ができるのではないかと思います。

トータル20分くらいでしょうか、少し駆け足気味に拝観した後は少し時間もありましたので広島市内でお買い物を楽しみました。

広島の服屋さんのノリがとてもいいのが印象的でした♪
広島、最高ですね❤ ノリの良さにいつの間にかバッグに入るのか不安になるお買い物をしてしまっていました。
恐るべし、広島の店員さんの買わせテクニック!

その後、広島市内のホテルへチェックインしました。

なかなかの移動疲れと暑さでお腹はあまり空いていなかったのですが広島最後の夜という事でもありましたので、広島のお好み焼きを食べに行きました。


ちょうど、宿泊ホテルから優待券を頂いたので、広島の中心部にある、’お好み焼き村’へ行きました。

外人さんがとても多くいらっしゃっていましたよ!

この日は、お好み焼きを頂きましたら翌日に控えている平和学習ボランティアガイドさんに原爆ドーム界隈を色々連れて行ってもらってガイドを受ける予定がありましたので、早々に寝ました。



私なりに調べて書きましたが、文中にもし間違った記述がありましたらぜひ教えて下さい。


〜To be continued〜

Posted at 2015年10月06日 15時34分24秒  /  コメント( 0 )

中国地方の旅 〜1日目〜

こんにちは!

E-ori's5 NAILPRODUCE(イオリズファイブネイルプロデュース)です。






只今、羽田空港のラウンジでこちらを書いています。
帯広へこれから帰るのですがフライトまで時間がありますので、その時間を利用しています。


今回は9/28〜お休みを頂き、お墓参りを兼ねて中国地方へ行っていました。
1週間ほどあったおですが、行きと帰りはほとんど1日かかった移動となるので実質5日間の旅となるわけですが、まだ行けていない所や見れていない所も沢山あり、正直もう少し日が欲しかったところです(笑)

でも旅は、「もうちょっといたかったなぁ」と後ろ髪を引かれながら帰る方が最高だと思っているので結局これで良し!というところでしょうか。


28日(月)は羽田空港を経由して広島へ降り立ちました。


機内から見えた富士山です。
富士山の頂上って1年中雪に覆われて白いのかと思っていたのですが上から見ると違うんですね。



広島でレンタカーをピックアップして尾道へ。

高台に見えるには、かつて個人の持ち物だったらしいですが今は廃墟となっている尾道城です。
その隣に立っているミスマッチ差が面白い建物が、今も稼働しているホテルです。
お城なだけに所有者がいなくても取り壊す事が出来ない尾道城、
誰か購入して夜ライトアップなどして、幻想的な高台に建つお城にしてほしい思います!



その向かい側にあるのが瀬戸内海です。

船の停泊場があり、人が行きかったり海を眺めている人がいて良い景色でした❤



夜はやっぱり瀬戸内海の幸をコースで頂きました!

何を頂いても最高に美味しかった❤

そうそう、瀬戸内海のサザエは棘がないけど日本海のサザエは棘がありますよね!
日本海は流れがある為、流されないように棘があるのだとか。
棘があっても無くてもサザエの美味しさは変わりませんが!



対岸へ行き来する船が数分間隔でやってきます。
対岸と言っても本当にすぐそこなんです!



こんな看板もありました。
対岸の島には食料品のスーパーが何個もあるのに、尾道のこの界隈にはスーパーがあまりないので、運転しない高齢のお年寄りは対岸の島まで行ってお買い物をするらしいです。



こんな看板もありました。
私は知らないですけど。


旅の初日のこの日はスーパームーンの日でした。
月明かりの下で海沿いを歩けたのは良かったです。

この日は移動の疲れと翌日から控えている過密スケジュールをこなす為に、ホテルへ帰ると寝ました。




〜To be continued〜







ΞΞ❤ ❤ΞΞ❤ ❤ΞΞ❤ ❤ΞΞ❤ ❤ΞΞ❤ ❤ΞΞ


※28日(月)〜10/4日(日)は、お墓参りの為にお休みを頂いております。

仕事始めは10/5日(月)となっておりますので、この日からのご予約をお待ち申し上げます。

その際のご予約は、ブログ下にあります、’コメント’の方か、LINE、メールの場合はこちらをクリックして頂き、、、

.瓮鵐弌璽坤ードの番号とフルネーム(必ずどちらもご記入下さい。)、
△幹望のお日にちとお時間、
ご希望の内容、
ずの地爪は何か付いているか否か、
ゥ◆璽箸鬚垢觝櫃呂匹陵佑覆發里、  を書いて、お送り下さい。

コメントにお入れ頂いた方の場合、個人が特定される情報は伏せますのでご安心してご利用下さい!

沢山のご予約、お待ちしております。

ΞΞ❤ ❤ΞΞ❤ ❤ΞΞ❤ ❤ΞΞ❤ ❤ΞΞ❤ ❤ΞΞ

Posted at 2015年10月04日 16時19分36秒  /  コメント( 0 )

本日から通常営業しております!

おはようございます!

E-ori's5 NAILPRODUCE(イオリズファイブネイルプロデュース)です。










 

E-ori's5 NAILSCHOOL(イオリズファイブネイルスクール)は…
◆日本ネイリスト協会認定講師在中のサロン&スクール
◆ネイルメーカーGRACIAと、ジェルメーカーVETRO(旧BellaForma)の認定校
◆ネイルサロン衛生管理士免許取得
◆カルジェル ディプロマ取得
◆フルーリアアクリル ディプロマ取得

■2012年 ネイルエキスポ メンズケア 上位入賞
■2013年 HKPNV COMPETITION IN 香港
           ディヴィジョン競錺鵐函璽鵐好ルプチュア部門4位
■2014年 ASIA NAIL FESTIVAL フレンチデビュー部門 出場
■2014年 秋期ネイリスト技能検定試験 試験官
■2015年 春期ネイリスト技能検定試験 試験官
■2015年 夏期ネイリスト技能検定試験 試験官

のサロン&スクールです
  
 
表彰式でのステージ上の様子



ネイリスト技能検定試験官認定証
   
2014秋期、2・1級       2015春期、2級        2015夏期、3級


新しくジェルの導入をお考えの方、ジェル検定試験をお考えの方、ジェルを活用したデザインやアートの幅を広げたいとお考えの方は、1Dayレッスンも開催しております。
お気軽にお問い合わせ下さい。




★ネイリスト募集の詳細はこちらをクリックして下さい。
◆ネイリストの募集は締め切りました。募集の際はまた記載致しますのでよろしくお願い致します。




E-ori's5 NAILSCHOOL(イオリズファイブネイルスクール)のご興味がある方はこちらをクリックして下さい。

スクールへの沢山のお問い合わせ、ありがとうございます。
ネイリストとして働きたい方から趣味でネイルを学びたい方まで、随時、生徒募集をしております。
入学希望生が多い場合は締め切らせて頂く場合があります、ご了承下さい。

当校は日本ネイリスト協会認定講師が直接指導するスクール展開を行っており、ジェルで特許商品を多く排出していますネイルメーカーGRACIAスタイリスト(認定講師)・ジェル検定試験で受験者が多く使用しているジェルメーカーBellaFormaのアシスタントインストラクターが在中しているネイルスクールですので、ジェルを特に学びたい方には選ばれているスクールです。


開催予定のセミナー情報のページへは、
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※こちらのデザインは今月一杯までの特価となっております。
デザインがまだお決まりでない方など、大変お安いデザインとなっておりますのでお早目のご利用をおススメ致します。




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ただいまです☆

以前のように寝坊して飛行機に乗り遅れる事がないように、昨夜はなかなかありえない時間にベッドインし今朝、4時起きで無事に帰ってきました。



朝日に照らされる飛行機が素敵でした。

私、早朝の東京とか好きなんですよね。
東京っていつも人が行き交って賑やかですが、早朝とか本当に日の入りの時間帯などに、ちょっと違う東京の顔があるんですよ。

車もとても少ないので場所によっては道路をジョギングしているジョガーさんもいますし、大型のごみ収集車がいたり、犬のお散歩をされている方も、どこかゆったりとしていて、この時間はワンちゃんの為の通りのような雰囲気がします♪


本日乗った飛行機は…

分るでしょうか、ダッフィーのイラストが描かれた飛行機に乗りましたよ。



帯広の方が気温は低かったのですが陽射しが暖かかなので東京より暑い感じがしました。

空港からサロンへ向かう道中、キツネが轢かれていました。。。



ちょっと眠いですが、ご予約もありますので頑張ってお仕事致します!


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分からない事や気になる事などがありましたらお気軽にお問い合わせ下さいませ。

メールの場合。
◆お電話の場合。 0155−47−3315



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コメントを送って下さる皆様、ありがとうございます。楽しく拝見させて頂いております。
予約など、個人名が記載されているコメントの場合は非公開とさせて頂きます。
よろしければ感想や、激励など、コメントを下さい! お待ちしています❤❤ 

Posted at 2015年09月15日 11時58分26秒  /  コメント( 0 )

東京では!

こんにちは!

E-ori's5 NAILPRODUCE(イオリズファイブネイルプロデュース)です。





『東京勉強会と帰ってきました!』はこちらをクリックして下さい。


今回の東京では、いとこに会う予定も楽しみの1つでした。
いとことは6年振り(らしい、時の経過が怖い)に会いました。

彼が赤ちゃんの頃、私がよく子守をしていたので特にかわいく思えるいとこだったりします。

東京到着の初っ端から彼に会い、2人っきりで沢山お話。
話していて、大人になったなと思えてまた考えもひとしお。


帰る時、新宿の高層ビルの間からゴジラがいたので、パチリ!


最終日の昨日は行きたかった靖国神社の参拝に連れて行ってもらいました。

今年は戦後70年の節目、しかも今月終戦日があるこの時に初参拝できたのは本当に良かった。



私の勉強会が終わってから行きましたので、閉館ギリギリでした。
この時期は本来17時までなのですが、70年の夏だからでしょうか、今は19時まで参拝はできるようです。
なので、参拝とご朱印だけ頂いて帰りましたので次回はゆっくり資料館など境内を見てみたいな、と思います。



神門から拝殿を見ています。



参拝中の私。

靖国神社は、神社と名が付いていますがお祀りされているのは皆様ご存知の、国の為に尽くして下さいました英霊、仏様なんですね。
なので、私が好むいわゆる神話や「本当にあったのかな」と思う本当か作り話かわからないけれど惹き込まれるような思いを馳せロマンである、’神様’という、分類分けではないように思うので(あくまでも私の勝手な主観です)、
だからでしょうか靖国神社は高い鳥居もあり境内も広くて神社のお姿ではありますが、ちょっと雰囲気が違ったように思いました。

どちらかというと、私の感想ですがお寺さんのような身近な独特の怖いような重々しい感じ。
私はお寺さんは仏さんをお守りしているところだからか、神社と違い少しひんやりした感じを受けるのです。

靖国神社もそれに似ていました。




社務所は17時で閉まっておりましたが、お願いしてご朱印帳とご朱印を頂きました。



ご朱印はこちらの桜のピンクと、ブルーの靖国神社の紋が入ったデザインの2種類ありました。



戦後70年目の終戦日のある8月にご朱印を頂く事が出来ました。

国造りの為に尽くされた歴史上の人物から、大東亜戦争で国の為に命を捧げられた方々まで、この日本の為に多大なご尽力をされた方々がお祀りされています。

靖国神社に関しては色々あるようですが、日本人としてはやっぱりお参りは欠かせない、またここは感謝を常に申し上げに参拝しに参りたい、と言うのが率直な気持ちかな、と思いました。

戦争って、見方によって様々な意見がありますからね。
それが戦争なんだろうと思ってしまいますが。


そして夜は、美味しい焼き肉を急いで食べると、ぜひ大人の世界を見せてあげたくて新宿の’ギャルソンパブ’へ2人を連れて行きました!


新宿の高層の夜景を見ながら、ニューハーフショーをたっぷり堪能して2人は楽しんでもらえたようで❤

私もニューハーフショーは本当に大好きなので、気に入ってもらえて良かった!

今回の東京は勉強会という大きな名目の中に、いとこ孝行が出来たので、また違った楽しい東京になりました♪

Posted at 2015年08月04日 16時45分28秒  /  コメント( 0 )

G.W 〜5日目〜

こんにちは!

E-ori's5 NAILPRODUCE(イオリズファイブネイルプロデュース)です。








名残惜しいG.Wが終わって、5月ももうすぐ半分終わりますね。
昨日は母の日でしたが、皆様は何かされましたか?

では、私のG.W最終日のお話です。



G.W最終日の6日(水)は8時に届けられる朝食のノックで飛び起きました。
起きて待っている予定でしたが寝坊してしまいました。


最終日の朝食は、お馴染み北海道の形をしたホワイトプレートにBLTサンドと、芋もちとグレープフルーツのホワイトとルビー、
そしてシーザーサラダにポットにはミネストローネスープ、和風スクランブルエッグとシリアルとヨーグルト、アップルジュースでした。

さすがに起きて間もなかったのでBLTサンドは取っておいて、それ以外は頂き返却しました。よ。

朝食を頂いた後は、最後の森林浴になる露天風呂を満喫しながら目を覚ましました。

そして10時にチェックアウト。

ヴィラのオーナーさん達に見送られながら、後ろ髪をひかれる想いで家路へ。



後にはヴィラのオーナーさんがここにヴィラを造ろうと決めたという雄大な斜里岳が見えました。



斜里岳の山頂はまだ雪をまとっていてとても綺麗でした。



そして何と途中、’噂’の芝桜祭りが開催されていたので寄り道しました。


芝桜、綺麗でした♪

実は私、芝桜の開催を毎年TVCMで見ていたのですが、「花より団子」なので胃袋を満たすことには興味はあっても、お花を愛でるという事には桜以外はないので、芝桜の綺麗さは知りませんでした。
しかも、沖縄へ帰った時に母から「芝桜、綺麗なんでしょう?」と聞かれてその名前がインプットされたくらい。

その遠い沖縄で話題となり知る事になった’噂’の芝桜が今回帰る途中にあったのは本当にラッキーでした♪

…ということで、言わずもがな芝桜を赤2株ピンク2株お買い物して母の日の昨日、届くように贈りましたよ!

沖縄は今、台風が来るらしいので届くのか、もし遅れてもお花は箱の中で元気でいるのか、とても心配だったのですが、予定通り昨日届いたと母から嬉しそうに連絡が来て一安心でした。

沖縄では咲く時期がずれるらしいのですが、ちゃんと育って広がってくれるのか、これから帰る度に楽しみです。


そして芝桜は不意な巡り会わせでしたが、帰り道に寄る予定の大きな楽しみがありました。
それは、北見の石北峠付近にある、きつね牧場です。

ですが、行ってみると閉店されていて…

仕方なく進めていくと似たような看板が出ている一回り小さいお店があったので入ると店主の方が、私達が行きたかったきつね牧場は5年前に高速道路ができたことでお店前の道路を走る車がめっきり減ってしまい、閉めたとの事。

私は今回、その行きたかったお店で以前買った雄鹿の毛皮のラグがほしかったと伝えると、こちらのお店にも前に販売していたけど、なかなか売れないので売り切って仕入れていないと、確かに以前あった場所らしきところに”鹿の毛皮 ¥○○”という値札だけが貼られていました。

そして店主の方は私たちに、「何でもいいので買って! お客さんが来なくて大変なんだ」と仰って、フォックスのロングマフラーを見ていた私に「シーズン外の品物だし、余計に高価な物は置いておいても仕方がないから安くするから買ってくれないか!」と当初のお値段よりかなり安くした値段を提示してこられたので、、、

買っちゃいました。。。

アンバーフォックスという希少種の毛皮です。

安いといっても○万円する代物なので衝動買いの域を超えているのですが、毛皮好きの私としては色々考えても後から後悔しそうかな、、、と思ったので購入を決めました。



お店の前にはきたきつねと、こちらの銀ぎつねがまるで飼い犬のようにいたので、帰り店主さんに触らせてもらいました。

店主さんの手からドッグフードを食べています。



私も小袋に入ったドッグフードを頂いて、きつねちゃんにあげました。
すごくかわいかった。

そしてこのこの皮を私は購入しているんだな…と解せぬ想いに駆られ…、

沖縄にいると毛皮なんて不必要でしたから興味は皆無だったのですが、関西へ住んでからは冬の暖を取るためにアンゴラなどのコートの暖かさを知り、北海道へ来てからは毛皮の種類が豊富にある上に益々毛皮の暖かさの優秀さを知ることになり、はまっていったんですよね。

私の着付けの先生も、「アザラシの毛皮で作った防寒草履は1足あるといいよ」とススメられるくらい、毛皮の身近さを寒い北海道では必要な事と感じます。

我が家のソファにも毛皮のラグがかけられているのですが、冬はソファの冷たくなった表面に触れることなく座ることが出来るので、ラグはとても重宝しているのですが、、、

お布団の中綿にもどこどこ産のダックが使われているとか、有名なダウンコートの中綿にもどこどこのフェザーが使われているとか、
きっと、寒い地域に住まわれている方は1つ位、毛皮の類はあると思います。

メイクブラシだって動物の毛が使われていますし、ネイル用ブラシにも動物の毛は使われています。

線引きって難しいですね。

せめて大切に、私の後にも誰かに使ってもらえる物として使っていこうと思います。



ーENDー

Posted at 2015年05月11日 17時07分23秒  /  コメント( 0 )

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