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中国地方の旅 〜2日目〜

こんばんは!

E-ori's5 NAILPRODUCE(イオリズファイブネイルプロデュース)です。





一昨日の夜、無事に帯広に帰ってきました。

帯広に降り立つとあまりの寒さにびっくりしました!
1週間もいないと、こんなにも季節は変わるんですね。
今回行っておりました中国地方は最高気温が26℃になる日もありましたので、半袖に薄手の羽織物、
足元は着いて初日は帯広からのままの靴下を履いてパンプスで行動して汗をかいたので、サンダルや、お着物を着ましたので下駄という装いで通しました。

ですので、まだ夏着が主流で出ていますので、急いで衣替えをしなければいけません。




 愧羚饕亙の旅 〜1日目〜』

それぞれクリックして下さい。




2日目の29日(火)は呉へ向かいました。
その前に腹ごしらえ♪

前夜に行ったごはん屋さんでオススメされたラーメン屋さんへ行きましたよ。

尾道といえば、尾道ラーメンですよね♪
場所は、’東珍康(とんちんかん)’です。

駐車場が分かりにくく、分かったら今度は狭くて停められなかったので隣にあるコインパーキングに止めました。



オススメの尾道ラーメンです。
豚骨&醤油のスープは、沖縄そばのお出汁に似ていたのでとても懐かしく、美味しく頂きました♪

お腹を満たした後、造船の街、呉へ!

広島は、坂の街長崎のように勾配があるので、歩くとなかなかの運動になります。
この後、後に見えているお墓までいつもの事ですがハイヒールで行きました。

汗をかきかきお墓参りを終えた後は、広島市内へ移動しました。


途中の広島港、
造船場もありました。

戦中、呉はご存知の通り大型艦船の大和などを造っていたように軍港や造船場があったので、米軍の相当な攻撃を受けたようですが、市内は原爆投下までの日、小規模攻撃を数回受けただけだったようですので当日もいつものように仕事へ行ったり、子供たちは軍需作業に出掛けて行ったそうです。

戦中の事ですからね、たらればのお話は意味をなさないと思いますし、普段から攻撃を受ける事があれば備えられていたのか、という事も意味を成さないと思いますが。

とにかく、市内は戦時中にもかかわらず比較的穏やかだったんだそうですよ、
原爆投下までは。

それは米軍が核兵器という初の試みである原子爆弾の威力、付随するデータを収集するため、市内は攻撃されなかったとか。

また、広島が標的の候補になったのは市内を流れる幾多の川が投下前投下後と変化せず、また目印になるので各エリア毎に調査がしやすかったからだと、今回平和学習ガイドの方から伺いました。

色んな好条件が揃ってしまったんですね。


広島港を見ながら、ここからも戦艦が出て行ったりしたのかなぁと思いながら、この日はずっと行ってみたかったこちら、

’広島市立本川小学校’の平和資料館に行きました。

正門からすぐのところに受付がありますのでそこで記帳し、案内を受けて被災した校舎へ行きます。

本川小学校の校内に戦時中の『旧本川尋常高等小学校校舎』の一部が資料館として残されています。
皆様は、’はだしのゲン’という広島の原爆を描いた漫画はご存知ですか?
そこに出てくる「元川小学校」という学校は、この本川小学校がモデルになっているのです。



こちら、読めますでしょうか。
写真上でクリックして頂くと大きくなりますので是非ご一読ください。


こちらの本川小学校は昭和3年(1928年)、広島市内の公立小学校としては初の鉄筋コンクリート造3階建ての校舎として建設されたそうです。
爆心地から360mという至近距離で被爆したそうで、校長先生を始め教員、生徒の多くが亡くなっています。

今回、爆心地も訪ねてみましたがこの本川小学校とのあまりの近さは想像するのに余りあると思います。


入り口側の外壁の様子です。

色々修復されたりなどして今に至るのでしょうが、至近距離で被爆しても耐えてその佇まいを残し、当時の悲惨さを静かに物語る様に、何でしょうか、怖さを感じました。

被爆した建物に入れるって、考えてみて下さい、すごい事だと思いませんか?
館内に入ると当時にタイムトリップしたような感じに包まれます。

…ですので館内の写真は撮っていません。
この校舎と相対するのは、私は受け止められない気がしましたので。

校舎内をご覧になられたい場合は詳しく掲載してあります、こちらをクリックしてご覧下さい。

被爆した校舎には煤で黒く焦げた跡など当時の様子を伝える痕跡が残っているのですが、その生々しさや、
傷みが激しくて取り壊されたりなどした校舎の解体物を展示されている物がありましたが、その砂利の中には亡くなった方の骨も含まれていると記載されているものもありました。

また、地下室も見られるのですが、地下は私は特にとても怖く感じて、早く出たいと思う反面、せっかく来たのだからちゃんと見なきゃという葛藤があり、じっくりは見れませんでした。

一瞬で多くの人が亡くなった当時、沢山の人の血と涙が染み込んでいるでしょうし、また戦後70年間にメンテナンスもされているでしょうが、常軌を逸した時代も静かに見てきたのだと思うと、この建物を畏れ多く感じました。

もしかしたら、小さい子供たちが集まっていた場所、という観点からもまた違った悲しみがあるので写真は撮れなかったかもしれません。


こちらの資料館は、普通の小学校の校内にありますので、小学校がお休みの日や夜間は拝観できません。
また、学校内なので最低限のマナーをもって訪ねたいところです。



戦争のお話って、前にも触れましたがダークな内容だと思いますが、日本人は、稀に見る悲惨な地上戦が行われた沖縄戦や、人類史上初の原子爆弾を2つも投下されたのがこの日本にあるわけですから、特に直視し知らなければならないと思います。

興味が有る無しに関わらず、深く知る必要はないと思いますが、たった70年前に今、ここに立っている場所で何が起きたのか想像し、考える事で今ある平和は悠久の願いではありますが、必然な事ではないと理解し、平和でいられる事の有難さを改めて感じる事でこの平和を創造する努力ができるのではないかと思います。

トータル20分くらいでしょうか、少し駆け足気味に拝観した後は少し時間もありましたので広島市内でお買い物を楽しみました。

広島の服屋さんのノリがとてもいいのが印象的でした♪
広島、最高ですね❤ ノリの良さにいつの間にかバッグに入るのか不安になるお買い物をしてしまっていました。
恐るべし、広島の店員さんの買わせテクニック!

その後、広島市内のホテルへチェックインしました。

なかなかの移動疲れと暑さでお腹はあまり空いていなかったのですが広島最後の夜という事でもありましたので、広島のお好み焼きを食べに行きました。


ちょうど、宿泊ホテルから優待券を頂いたので、広島の中心部にある、’お好み焼き村’へ行きました。

外人さんがとても多くいらっしゃっていましたよ!

この日は、お好み焼きを頂きましたら翌日に控えている平和学習ボランティアガイドさんに原爆ドーム界隈を色々連れて行ってもらってガイドを受ける予定がありましたので、早々に寝ました。



私なりに調べて書きましたが、文中にもし間違った記述がありましたらぜひ教えて下さい。


〜To be continued〜

Posted at 2015年10月06日 15時34分24秒

 
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