大阪府門真市と守口市にある料理教室です。京阪電車 古川橋駅スグ!と守口市駅スグ!のところで、小さなかわいい『初心者の方の料理教室』を開いています。 ご飯と共に食べるからこそおいしい!毎日食べたいおかずを習ってみませんか? 昔ながらの家庭料理や、おもてなし料理をご家庭に代わりましてご指導させていただきます。ご結婚をひかえお時間のない方向けの『ブライダル短期集中コース』(全10回 マンツーマン)も承っております。 お一人で調理していただきますので必ず身に付きます。 講師 渡辺久子
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玉木宏君のお話

やっと最後です!

ホテルの朝食は7時から、私が出立したのは6時前。
あぁ〜素泊まりにすればよかった!といまだに悔やまれます(ちっちゃ!)

いよいよ二重かずら橋まで向かいます。

東祖谷小中学校を経て落合集落、ごうしゅう芋のおっちゃん元気かな!と山を見上げ。

落合ヴィレッジで下りた中国の青年がいました。秘境ふれあい見たのかしら?

久保からは9人乗りのマイクロバスに乗り換えです。
なぜかと言うと山道なので道幅が狭い。

対向車が来るとどちらかが下がります。少し行けば下がりの繰り返しです。

その道すがらでは、名頃かかしの里があり、たくさんのシュールなかかしが迎えてくれます。
バスの中からは撮れませんでした。

とにかく長くバスに乗りますのでお手洗いは済ませておくように。
玉木君はどうしたのかな?(ほっといたげて!)

やっと憧れていた二重かずら橋に着きました。トコトコと結構長い坂を下ります。

男橋はあきらめて女橋の方に向かいます。だって!玉木君が写真を写した場所だもの。

ところが写真を写したのは向こう側。写真を写すには橋を渡らなくてはなりません。
高所恐怖症の私は勇気を振り絞って一歩一歩。向こうには玉木君がいる(いません!)

最初は怖さのあまり足元を見ていたのですが、下が見えるやんか〜びくびくコワ!

写真を撮りたい一心で怖さに打ち勝ちましたよ。要するに下を見なくて前を見る。

足元を確かめながら頑張りました。
写真を撮って、帰りはもうかずら橋はコリゴリなので野猿でこちら側に。

野猿は下が見えないので楽勝でした。垂直に生えてる木も見れたし、
何よりおんなじロープを握ったし(馬鹿かっ!)

野猿は真ん中ぐらいまでは勝手に動きます。真ん中からは結構力が入ります。




二重橋へ坂を下る帰りがしんどいよ 男橋は見ただけでスルー さ、ポストカードショットです


下から見た女橋        女橋の向こうは野猿     持ってないと勝手に動いていく


玉木君が握ったロープ〜♪  垂直に生えている玉木木←もはや 名残惜しい振り返りの玉木坂 

又、3時間バスに乗って阿波池田まで戻りました。

私の夏休みは終わった〜 しんどいけど楽しかったよ〜 合掌   


Posted at 2017年08月18日 21時47分49秒  /  コメント( 0 )

玉木君とふれあってないけど!

阿波池田駅9時31分の高知行き土讃線(どさんせん)で大歩危まで向かいます。
ちなみに土佐の土と讃岐(さぬき)の讃で、どさんせんです。

知ってたか?玉木君!(又出た!)

この二日間で高速バス往復、池田までの汽車往復。
それになんたって二重かずら橋までのバスが遠い事遠い事。

大歩危から久保と言うところで乗り換えて片道2〜3時間はかかります。
一生分のバスに乗ったような気がします。

それにバスの便が一日2本。剣山(つるぎさん)登山に行く方向けのバスなので、
頃合いの時間は12時8分しかありません。

10時前に大歩危に着きましたので例のお揚げさんを頂いてお接待のお茶を頂いても
時間はたっぷり。遊覧船乗り場に行こうと思ったのですが、これも駅からが遠い。

おそらくロケの日はタマクラ号で、お揚げさんの奥さんは玉木君と同乗して
向かったのではないでしょうか?見てないけど。

そう考えるとなんだかうらやましいわ〜

2時間近くも待つのはあれなんで1時間早いバスに乗って手前のかずら橋まで向かい事にしました。
かずら橋までは20分ぐらいで着きます。ここは観光地なので食べ物を売っていました。

琵琶の滝があってマイナスイオンをたっぷり浴びてアユの塩焼きを頂きました。
この食事が最後でした。二重かずら橋付近は食べ物屋さんはありません。

持っていってた干し芋とそら豆の梅干し味が重宝しましたよ。

ま、暑かったので水ばかり飲んでいましたから空腹感は感じなかったです。


阿波池田駅をトボトボ歩く   ここで切符にハンを押してもらう   一両のワンマンカー 


誰もが座りたい玉木席    同じポーズで私が座るデヘッ!  やすお工房の手創りおもちゃ


陸橋の下で汽車を待つ為の暗闇の灯り いよいよ着いたぞ〜  駅からの急な玉木坂←もういい

そうなんですよ。私も普段の様に前の方で待っていたら向こうから駅員さんが
「そこには汽車は止まりません 陸橋付近でお待ちください」と言われました。

乗り降りする人も一人か二人。


だからあの屋根の下には、暗闇の中で待つ人の為の蛍光灯がついています。
ま、確かに玉木君が言うようにせっかくならもっと大きくしてもよかったかなと。

 
握手をしてくれる玉木君はいない  石臼は丁度いい速さがある  ゆず酢をかけて頂く

まだある長いわ〜


Posted at 2017年08月18日 18時42分32秒  /  コメント( 0 )

秘境にふれあって!

なんか足の裏に違和感あるなと見たら豆が出来てます。
私にも弱い皮膚が残っていたんだと、なんだか嬉しい(変態!)

今日まで私はお休みを頂いています。実は昨夜は帰れない事態に陥りました。

帰りのバスの予約をしていなくて阿波池田のバスセンターで「満席です」と言われて。
あっちゃ〜 時間は18時30分。池田で泊まるか?徳島まで汽車で行って泊まるか。

徳島で泊まる方がまだいいかなと汽車で2時間かけて徳島駅まで引き戻しました。

着いた時間は21時10分前。高速バスセンターで「大阪行まだある?」
「今出たところです。三宮までだったら21時発があります」とな。ラッキー!

ご親切に玉木君位の係りのおにいちゃんが(希望だろ!)発券を手伝ってくれて
無事チケットが買えました。

三宮まで1時間40分位。徳島から自宅まで3時間かからなかったです。早いわ〜憑いてるわ。

そんなこんなで。

16日の夜は徳島泊まりでした。徳島と言えば「徳島ラーメンやろ」という事で
ホテルの方にお聞きしてラーメン二軒はしごしました。

お味はトロミの付いたトンコツ醤油味の甘口です。
豚肉の薄くスライスしたものを甘辛く味付けしたものがトッピング。


どうですか?都会でしょ    これが名物のラーメンです   体力温存したから二杯は余裕

 
神様からのスポーツドリンク  そごうでライ麦粉買った←どんだけ〜  


いよいよ朝5時に起きて阿波池田の奥祖谷二重橋まで出かけます。

玉木君が「秘境ふれあい紀行」で乗った9時31分発の同じ電車に乗りたくて
徳島発6時9分の各停に2時間乗って出かけます。

ここでお知らせが。徳島県全線、線路は単線なんです
。だから上りと下り電車は同じ時間です。駅で同じ時間に対向するわけです。

ワンマンカーなので停まる場所が陸橋の下。この謎は後程出てきます。

阿波池田に8時8分に付きました。
この撮影は順打ち。つまり行先は順番通り効率よくロケをしたわけです。

車で高速を降りて、うだつの家に行って、木の工房にに行って阿波踊りのへそっこ公園に行って
大歩危に行く。大歩危からの撮影も順打ちです。


うだつの家はそのまんま存在  懐かしいでしょ横に写真が  玉木ロード?阿波踊りの絵が


入ったら木のいい香りが   カタコト鳩さん実演してくれた  是非と言ってたけどほんまか?
 

やすお工房の大将がいろんなお話をしてくださいました。私は汽車の時間が気になって気になって。
玉木君の話から池田高校のお話。商売のお話から94歳で亡くなったお父様のお話まで。

あのカタカタ鳩さんは「玉木さんが来てくれた記念に売り物にはしていない」だそうですよ。


 


Posted at 2017年08月18日 15時16分41秒  /  コメント( 0 )

美味しさ継続中!

娘のようななっちゃんが出勤前に「ちょっと寄っていい!」とやってきました。

チャンスです。急いで珈琲をたて、ジュレックを温めて待ち構えていました。

「どう?」「めっちゃ!美味しい。体によさげや!玉木愛やな」「匂いはどう?」
「気にならんよ。うどん屋の匂いやんか」

持ってきた朝ごはんのパンを「これいらんからマスターにあげて」とジュレックをジュレ!ジュレ!。

そうなんですよ。我が家の商いのうどん屋でなっちゃんはバイトしていたのです。

うどんを熟成させる過程に出る匂いとライ麦を発酵させる匂いが一緒と見破りました。
あっぱれ!なっちゃん。

空気中に漂っている微生物ですべての発酵食品は出来上がっているのです。
味噌も甘酒も醤油もしかりです。

キュウリの古漬けなど強烈な酸味があります。
夫はその酸味を楽しんでいるのに。なんで口に合わないと言うか。まったく!

だからライ麦を発酵させる匂いは自然に沿った匂いだったのです。

「人参を星型に抜いてあるからな」「玉木やろ」「なんで知ってんの」
「何年聞かされてると思ってんの!」そりゃそうだ!


ま、この通り作れば美味しいのは解りますが、
忙しい現代人にとって2時間もスープを取るのは容易ではないと思います。

だから水1200佞妨之船屮ぅ茱鵤蓋弔任盧遒譴泙垢茵丙能蕕ら言え!)

だけど、ライ麦発酵のジュレは作って下され。

ポーランドではジュレの素みたいな瓶入りを売っているようですが日本ではありませんので。
ライ麦粉は小麦粉よりお安いです。

あくまでも空気中の微生物を取り込みますのでガーゼのような布で蓋をします。
発酵が終わったら泡が消えますのでそれが目安ですよ。


たくさん作って蓋をして冷蔵庫で保管すればいつでもジュレックが作れます。

味付けは塩コショウのみだから毎日食べても飽きないと思います。
ソーセージやジャガイモなど具を入れないジュレックもありですよ。スープが美味しいからね。

ただし、ベーコンと玉ネギのみじん切りは炒めて入れてね。味が出るから。

私は具なしの方が好きです。パンに浸して食べたらお腹いっぱい!


「ポーランドに行きたいのよ。今調べてる」「世界を股にかけた追っかけやな!」

ナチスドイツの筆舌に尽くしがたい卑劣な行為。

でもそんな中でも常識ある文化人の秀麿さんのような方もたくさんいたのよと。

「戦場のピアニスト」の話からはじまって「ハイジ」まで?朝から延々としゃべりました。
                          (なっちゃん!熱出るわ)


Posted at 2017年08月10日 17時08分33秒  /  コメント( 2 )

経験を重ね!

「音楽サスペンス紀行」を飛ばし飛ばし見ています。
なにせ2時間もありますからゆったりした時じゃないと見れないです(ギャオーは見るのに!)

改めて見ていると、最初見た時よりもっと悲しみや怒りを感じました。

亡命案内人(パッサー)のおじいちゃんが言われた言葉が心に刺さりました。
亡命者は恐怖におびえ一言も口をきかなかった。自分も何も聞くことはしなかったと。

スイスの国境に着いた時に
「スイスに着きましたよと言うと彼らは少しだけほっとした顔になったよ」

残酷なシーンの繰り返しの中で、唯一温かみのある、すくわれた場面でした。
命からがらナチスから逃れた亡命者の方の顔が浮かぶようでした。

それを聞いていた玉木君の顔が亡命者の方の気持ちになって安堵して共感したように思いました。
見ている私も胸が詰まりました。

おじいちゃんも又戦争が終わっても、何十年も亡命案内人をしていたと口外しなかったと。

人間は極度の恐怖や極度の悲しみを背負った時、言葉には出せないものなんですね。

亡命した人も手助けした人も口をつぐむ。なんと悲しい現実なんでしょう。

おそらく安全な亡命先の生活の中でもそのことは心に閉じ込めて生活されたでしょう。
その言葉で表せない恐怖たるやいかばかりか。


最初この番組を見た時に、スペインやスイスの亡命先の国に行ってインタビューをすれば
何か解るかもしれないのにと思っていましたが、

その方たちにとって戦争の恐怖は、命が果てても言葉には出せなかったのでしょう。
秀麿さんも又平和な時代になっても多くを語らず口を閉ざしていた。


すべてがノンフィクションの謎の解けないサスペンスでしたね。

生き証人の方からお話を直接聞くチャンスを与えられて
ほんとに!いい経験させてもらったね。ものすごい宝物をもらいましたよ。玉木君!
いまさらですが。



心に何かが重くのしかかった時は、ひとんちの植物ですがご覧ください!


あと1週間で収穫です     この子の成長はまだまだ遅い  ライ麦発酵2パターンしてる


Posted at 2017年08月07日 09時18分40秒  /  コメント( 0 )

ライ麦粉買った!

「音楽サスペンス紀行」でポーランドに取材に行った時に毎日食べたというジュレックなるもの。

実は何かの雑誌のインタビューでだいぶん前に読んだのですが「スープのようなシチューのような」
見なかったことにしようと記憶から消していました。

四国八十八ヶ所のリサーチもあるし、
お盆休み特別レッスンで卵焼きサンドイッチとマラサダをやりますのでお味を確かめるために
時間を見計らって梅田までサンドイッチを買いに出かけなくっちゃいけないしと。

だけど彼がそんなに好きなら私が作らなくて誰が作るという結論に達しました。

仕事柄極めたい病が出てきました。レシピもばっちり出来上がりました。
後は実践しながら手直しをしていこうと思っています。

上手くいけば次回の特別レッスンでやる予定です。(だだでは起きんな!)当ったり前よ。

今日は18時までのレッスンです。夕方の涼しくなったころを見計らって大日のイオンまで一っ跳び。

来週からのクッキー用にパンプキンシードとひまわりの種が必要なので丁度良かったです。

イオンには輸入食品のお店があるのです。
知っている人は入口で珈琲をくれるお店だよ!と言えば通じます(ローカルな!)

今日発見したのですがイオンのたい焼き屋さんの横にゴディバがあるのを発見しました。
ウインドーを覗いているとチョコレートの試食をさせてくれました。ラッキー(買ったのか?)

さすがイオンです。ライ麦粉。ありました〜

ライ麦粉は例のハイジの黒パンの粉です。
小麦粉と違って粘りのグルテン(小麦タンパク質)がないので固いパッサパサのパンになります。

だからペーターのおばあさんには固すぎて食べられなかったのよ。
ライ麦パンは日持ちがするので、おじいさんはふもとのパン屋さんまで買いに行ってあの戸棚に入れていたのよ。さぞかし、固かったやろうね(どうでもいい!)


ジュレックには生ソーセージを使います。どこで尋ねてもそんなもの売ってるわけないわな。
ヨーロッパでないんだから。

だから私の作るジュレックはあくまでももどきですよ。玉木く〜ん!(なんで呼ぶ!)

ドイツのキャベツの漬物のザワークラウトも発酵させた酸味の強い食べ物だから、
きっとポーランドやドイツの料理は酸っぱくて自然の酸味があると予想。

家庭料理だからそんなに難しい料理ではありません。作りやすいようにしますので。
さて、今からジュレ(ライ麦発酵したもの)を仕込みます。お楽しみに〜


Posted at 2017年08月06日 01時20分01秒  /  コメント( 0 )

痛しかゆし!

ま、そりゃそうだわな〜(いきなり!)

たまき君とキャッキャ♪と遊ぶ?ハワイイベントにてSNS禁止令が出たそうですが。
それは納得の判断だと思います。

思い起こせば…
鹿男の2008年頃は、たまき君と玉○てつじさんとの区別がつかなかったもの、私でも。

たまきと言えばロッテ歌のアルバムの司会の人と間違っていましたもの、私でも。

朝ドラに初めて出た花火師の頃は「この男前だれ?」と。

それが今では日本全国津々浦々まで世間の皆様に認知され、もう誰も間違える人はいないでしょう。

もちろん!彼の努力の結果とは思いますが、
人との出会いがあり、この世界の関係者の方のお力もたくさんいただいているわけです。

彼一人の力ではここまで来れなかったのです。

有名になり過ぎたことが、ファンとしてはちょっと嬉しいような悲しいような(悲しいのか?)
いえいえ!嬉しいが勝ってます。


たまき君がこんなふうに言ったとかSNSに上げたものなら言葉尻を取り上げられて、
誤解が生じてもあれなんで。

ファンとしてはどんなブランドが好きとか知りたいわけですよ。買えませんが。

特定のブランドを上げれば、それが災いすることもあるかもしれません。ここまで来たら。

彼の周りの関係者の方は彼を守る責任があります。
トコトン守り通さないと彼一人の力では隙が出来ます。窮屈なことですが仕方がありません。


いろんなことを知りたい!聞きたい!あぁ〜ファンとしては痛しかゆしな状態です。

せめて、せめて「かっこいいわ〜ため息出るわ!」だけでもいいから知らせて〜
今更今更の解りきったことでもいいから、ハワイの皆様知らせて〜


ハワイに行けない身にはハワイを満喫したく、リリコイバターを作ることにしました。

アマゾンでリリコイ(パッションフルーツ)のジュレーを売っているんですよ。

砂糖とバターを入れたものと、私が2008年に買ったハニー入りを作ろうと目論んでいます。

今日頼みましたが、いつもならすぐに来るのに、どうやら冷凍食品なので日数がかかるようです。

時間が過ぎたら作りたいの気持ちが消えうせるんじゃないかと心配しています(勝手にどうぞ!)


Posted at 2017年07月07日 17時33分00秒  /  コメント( 0 )

玉メール!

写真付きの玉木君からのメールは、ほんと嬉しい。

彼の目に映った綺麗な景色を切取ったものですもの。彼がその時感じたリアルな感情ですから。

一仕事終えてホッと一息付いて「今日の撮影もなかなかだったな」と
レストランでお食事の前にシャンパンを頂いてっと。

フッ!とグラスに目をやると透明な泡がシュワシュワ♪

「あぁ!綺麗やな〜向こうの景色が反転してるやんか、そや!」と携帯を取り出して
パチリと二、三枚撮ったところで思い出したのです。私たちの事を。

「最近忙しいておばちゃんらにメール送っとらんな、よっしゃ!これ送ろう」

お食事も終わって、明日の準備も万端だし、ちょっと街中をブラブラするとすっか。

人影のない夕暮れの街中は、どこかうら寂しいような感情とノスタルジックな感情が交差して

「あぁ!落ち着くな〜 なんて綺麗な夕焼けなんやろ!」と
魂が癒されながら、ポケットから携帯を出して二、三枚撮ったのです(大丈夫ですか?)


グラスを持つ手の懐かしい事(なつかしい?)
そうです。あの爪が懐かしい。

爪の白い部分は爪半月と言って昔から健康に比例すると言われています。
白い部分は爪になりたての爪の赤ちゃんなんです。

10代の頃は新陳代謝が活発だから白い部分もたくさん。

自分の爪をしげしげ眺めてみると白がないやんか〜親指に申し訳程度に見えてる。
納得だわ。私の新陳代謝は休んでます。

では玉木君の爪半月は?ケケヶ!少ししか見えてない〜♪

結論から申しますと新陳代謝はもうそれほど活発ではないのです。
なので、気を付けないとこれからはお腹が出ますよ(なんて、なんてこと言う!)

まま、
人様に後ろから前からなめるように見られる職業ですので、それは大丈夫でしょう(断固当然です!)



昨日ネットに「船で行く高千穂峡3日間」という広告が目に留まりました。
うわぉ!神様が私を呼んでいる。

という事で、弘法大師様には悪いけど八十八ヶ所ツアーはキャンセルして
即座に高千穂峡に申し込みしました。やっと呼ばれた!(診察受けて下さい!)


Posted at 2017年06月03日 11時58分22秒  /  コメント( 0 )

うれしい!

今日は舞台「危険な関係」の当落運命の日です。
朝からソワソワ!落ち着かず雨なのに花に水をやりました。(なんと!)

だって!今回もハワイには行けませんので生玉木君に逢える貴重なチャンスですもの。

結果は申し込みすべて当選です。ヤッタ〜玉木君に逢える〜〜 うれしいわ〜

東京、大阪のファンクラブ貸切公演に行ける〜玉木君と握手が出来る〜
大阪最終日で感動を共有できます。うれし〜〜ぃ!

これも、八十八ヶ所めぐりのご利益だろか?(飛び過ぎ!)

昨日も生徒さんにお話ししたのですが
「10年近くファンなのにいまだに玉木君の顔が見れないのよ」「ほんとに?」

「鼻がどんな鼻なのか、目がどんな目なのか見てないのよ」「ほんとに?」

「北斗の拳みたいな体やで」「ほんとに?」

「綺麗すぎて恥ずかしくって正視出来ないのよ」「ほんとに?」(オチはないのか?)


東京公演のついでに富士山に寄る予定にしています。

忍野八海でのんびり新そばを食べて二十曲り峠で富士山を見て、
それから新宿までバスで行く予定にしています。

ただし、天気が良くないと行っても富士山が見れないので、週間天気予報を見てから決めます。

私のポリシーは「一粒で三度美味しい!」(ごくろうさん!)


Posted at 2017年05月25日 16時37分59秒  /  コメント( 4 )

女の勲章 着地点!

もうすでに玉木君の中で銀四郎の欠けらもないことは解っていますが、
女の勲章の着地点を見つけ出さない事には、もやもやが募って私は先に進めない(なんと!)


一夜二夜ともにあまりにも玉木くんが銀四郎を魅力的に演じすぎて、
そっちに目がいってしまって真実が見えなかった。

アラセブンティ(そんな言葉ありません!)の私でも銀四郎の魅力に惑わされてしまいましたもの。

玉木君の迫真の演技に惑わされて真実が隠れてしまったのは紛れもなく大罪です(はちゃめちゃ!)


それでは検証に入ります。

私の中でどうして式子が自ら死を選んだのか腑に落ちない事ばかりでした。

自分の命を絶つ気持ちの中に、男に去られたくらいではあまりにも残念なキャラクターすぎます。
動機が弱すぎます。


式子から別れを切り出されても、なお新聞記者そねさんに
式子を「日本のランベールと持ち上げてくれんか」というシーンの中に答えがありました。


「名が実(じつ)を作ることもあるやろ」

「実がなければそんなの砂の城じゃないか」と言うそねさん。

新聞記者そねさんは多くの芸術家を見ていますので、
客観的に見て、式子の実力が世界に通用しないのはわかっていたのです。

「もうええわ」と確信を突かれて激怒する銀四郎も又、式子の真の実力を知っていたのでは?


デザイナーとしてもっと自信を付けたい。学びたいと訴える式子。

式子自身も自分の才能を痛い程知っていた。自信のなさ限界を知っていたのではないかと。
世間の評価以上の自分ではないと感じていたのでは?


次々に仕事を課して式子に暇を与えない考える隙を与えない。精神的に追い詰めて

それでも尚、銀四郎は前へ前へと追い立てる。式子がどうしようもない状態まで追い詰める。


教授と生活を共にすればこの苦しさから逃れられると思ったのでしょう。

でも、教授は自分を受け入れてくれなかった。もうどこにも逃げ場がない。

芸術家が己の才能の限界を知り、前にもすすめず後退も許されず。

そこに病的なほどの銀四郎の執拗な執念のような存在から逃げたかった。

世間知らずで融通のきかないプライドが高すぎた芸術家式子さん故の決断だったのでは。
お互いに相手が屈するまで戦い続けた結果でもあったのです。


過去に銀四郎の働きや存在を認めなかった式子。ないがしろにされ傷ついた銀四郎。

これは銀四郎なりの復讐劇だったかも?(復讐ですか?)


式子の死を報じる新聞の記事を値踏みしながら、めがねを外して鎧を脱いで
素の銀四郎に戻った時、かつて純粋に式子を愛した過去が走馬灯のように蘇り

「どこで間違ったのやろ」と後悔の念にさいなまれたかも、かも?そんな風に私は着地しました。


ま、どんな理由があるにせよ自ら命を絶つのは絶対に許せません(ドラマですから!)


Posted at 2017年05月12日 15時00分14秒  /  コメント( 0 )

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