西大井の静かな住宅街で開業しております。 「施療中は“痛くない”、施療後は“安らぎと満足感”」がテーマ。 派手なパフォーマンスの無い、女性でも安心できる整体です。
2008-10-17 の記事

勉強になりました

水曜日(15日)はタイトなスケジュールでした。

起床、電脳関係更新、朝食、地元スーパー掲示板のチラシ張り替え、入浴。
あっという間に12時。

施療の合間を縫って、

・久しぶりにチラシ撒き1,000枚。
ポスティングの最中に知り合いのスナックのママさんと遭遇。
この2〜3年ほど行ってないのですが、私が「あっ、ご無沙汰…」と言いかけていると、

「あら、湧泉さんじゃないですか。今度再開発でお店が移転したんですよ。来てくださいね ♪(゚▽^*)ノ⌒☆ 」

と、ちゅうちょ無く名指しで話しかけられる。

数年のブランクを瞬間で埋められてしまった。
お見事!!

さすが、接客業の大ベテランです。
勉強させていただきました。

・母親への施療
・所属する同人へのレポートアップ
・メールやり取りを数本

あっという間に19時半。

その後、最終のお客様。

お見送りして21時半。

ありがとうございました。
本日も頑張ることが出来ました。

夕食は缶ビール350ml×2、焼酎(すだち割り)数杯。
24時頃消灯、即寝。



今日のテーマ
  「浅くてゆる〜い考察 5」

水曜日(15日)の続きです。

いくつかの言葉を定義して、

・気ってあるの?

・気功(外気功)って本当?

を考えてみます。

現在一般的に理解されている“気”は、中国哲学本来の気ではなく、何か超能力的な便利なものとしてあるように思います。
そこで、中国哲学などの気の概念はおいといて、外気功による施療を考えてみたいと思います。

気功師に向かい合って、気を送った、送られた、何か軽くなったなどは、検証としては全く意味がありません。

気功師がその場にいなくても、気を送りますと言うのが分かっていれば、それもやはり意味がありません。

人には“思いこみ”があるので、何もなくても「そう感じてしまう」のです。

外気功の訓練を受けたことのない人が、それらしく振る舞って被験者に接すれば、何かを感じることもしばしば有るそうです。

ここで、昨日の

・客観的事実

・主観的事実

とを併せて考えてみます。

外気功が出来ていなくても、何かを感じた方は“主観的事実”として、気功の効果が有ったとなります。
しかし、客観的事実としては「あなたの思いこみというのも否定できません」になるわけです。


この状態に対して2つの意見があります。

A) ともかく私には効果があったから良いじゃないか。外気功は効くんですよ。
あるいは、あの被験者は効いたと言ってるし、彼は嘘をつく人じゃないよ

B) 効いたのはあなただけの話で、客観的には何も証明できていないから、外気功は有るとは言えない


“科学的”と言われる実験や考察は、客観的事実、再現性のあるものを求めていくので、B)の考え方になります。
しかし、それに対して、A)の主張をされる方もまた多いのです。

どちらも事実なのですが、基になる考え方が違うので「有る、無い」論争は平行線のまま収束しません。

私の考え方は、客観的事実を大事にしようと思っています。
こうやってネットに接続できるのも、医療の長足の進歩も、客観的な事実を大事にする科学があるからだと思うのです。

整体など各種療法の世界では、上記のような考え方に対する根深い問題もあります。
次回にそれらに関してアップしてみたいと思います。


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Posted at 2008年10月17日 10時53分06秒  /  コメント( 0 )